トライアングル・トライアル
□[5]それでも好きな気持ちは止まらない
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志波のアパートに行った日から一週間が過ぎる。
康祐は相変わらず、日中は出かけ夜まで帰って来ない生活をしている。
そして自分は。
志波に次に会ったとき、呆れられないように今しなければならないこと、受験生の本分勉強を頑張っていた。
「遼平、さっき志波さんから連絡あったんだけど、家庭教師どうする?」
「志波さんから連絡? どういうこと?」
午前中の塾の夏期講習から帰ってきた遼平に、母親が告げた。
いつも通りの日程なら、明日が志波に勉強をみてもらう日だった。
「何でも志波さんのお爺様が亡くなられたのだそうよ。それで、しばらく家庭教師に来られそうもないからって電話があったの」
ここのところ暑いから体調崩されたのねえ、と聞いた話なのか、想像した話なのか分からないがそう続ける。
何か嫌な話になりそうな気がして、遼平はつい息をつめる。
「受験生にとって大切な次期に申し訳ないって、志波さん家庭教師の解約を――」
「いやだっ!」
「え…、遼平……?」
母の言葉をさえぎり遼平は叫ぶように言う。
「解約なんてやだ。オレ志波さんにこのまま家庭教師続けて欲しいんだ。志波さんが来られるようになるまで、自分でも頑張るから」
「そ、そうね。成績上がったのは確かだし。分かったわ。あんたがそこまで言うなら、そう連絡しておくわ」
「うん」
――あとから考えてみれば、志波に酷なことをしたのかもしれないと思った。
それでも譲れない。
事情を知らない母親が間にいたとはいえ、話を聞いた康祐は一瞬ではあったが気まずい表情を浮かべた。
午前中の塾のあと、午後は図書館通いだ。
程よく静かでエアコンの効いた館内は、思いのほか勉強がはかどるのだ。
遼平はいつものように区立図書館に行くため家を出る。自転車に跨ると、ペダルを思い切り踏み込んだ。
自転車を漕ぎながら、出かけに玄関先で康祐に言われたことを思い出し、気分が悪かった。
先日の弱気を見せた面影はまったくなく、横柄でいつもの兄だった。
「何だよ、康祐のヤツ」
先に生まれたからって、何様だ。
まだ志波を好きなのかと聞かれた。
だから「当たり前だ」と答えた。
そんなに簡単にこの気持ちが変わって堪るか。
自分は志波が本気で好きなのだ。
そう言ったら、呆れたように息を吐かれ「ガキだな」と鼻で笑われた。
何がガキだ。
好きで悪いか。
ガキだというなら、ガキなりに本気だ。
本気になれるのだ。
「そりゃ、手を繋いだりとか……いつかはキスとか……」
ちょっとは思うこともあるけれど。
だがすべては自分のこの気持ちが届いてからだ。
押しつけて無理やりは嫌だ。
志波から笑顔を奪う真似などしない。
信号が変わる直前の交差点で、スピードを上げて突っ切る。
角を曲がれば、児童公園だ。
ここ過ぎれば、図書館はもうすぐで――。
「遼平くん」
いきなり現れた志波の姿に、遼平はブレーキレバーを思い切り握った。