トライアングル・トライアル
□[4]たとえこれがリアルでも
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「初見、部屋を出て行ってくれないか? 弟が気になってるんだろうけど、ちゃんと約束どおり勉強は見るから」
毅然とした声音で康祐に言った志波に、遼平は一瞬息がつまった。
まさか出ていけと言うとは思わなかった。
何だか言わせてしまったことが申し訳なくなってくる。
集中できない自分が悪いのだ。
たかが兄が部屋にいるというだけで、情けない。
だが意識するなというほうが無理だと言い訳する。
しばらくして階段を下りていく音が聞こえた。
康祐が出て行ったのが分ると遼平はつめてしまっていた息を吐いた。
遼平はあの日、志波の部屋に行ったときのことを思い出す。
独り暮らしの1LDK。
自分の部屋のものの多さに比べてさっぱりと片づいた部屋だった。
そして壁面に設えたスチール製の本棚に圧倒された。
さすがに大学生と窺える図書館にありそうな小難しい本がタイトルを連ね、観せてくれると言った映画のDVDもそこに並んでいた。
『適当にどうぞ? ベッドにでも』
座るように勧められた窓際のベッドに妙にどきりとした。
恋人はいるのだろうか?
女と連れ立って歩いていた康祐を見たからか、志波にもそういう人はいるのかもしれない、と思った。
自分よりも年上で、アイドル雑誌に載っていそうなイケている容姿だ。
そんなことをふと考えつつ、ベッドの端に腰かけた遼平が見つけたのは、腕時計だった。
枕元に、ぽんと投げ出したように置いてあった。
これが女性用なら、やっぱりね、と思っただろう。
(何でこんなのが……)
シンプルな文字盤に革ベルト。
どこにでもありそうだが、ベルトについた留め金具のクセにどうしようもない既視感を覚えた。
『遼平くん、コーヒーしかないんだけど』
グラスに注いだアイスコーヒーを手にした志波がキッチンから部屋に入ってくる。
遼平はとっさに見つけた時計を枕の下に入れた。
どうしてそんなことをしたのかよく分からなかった。
ただ、何か見てはいけないものを目にしてしまった妙な居心地の悪さだけが胸に広がった。
これ、アニキの?
ストレートにそう聞けばよかった。
友達同士なら、部屋に行き来くらいはするだろうし、している時計を外すことだってあるだろう。
志波さん、こういうの持ってるんだ。
これでもよかったのかも知れない。
そうしたら志波は笑って、康祐の忘れ物と言ってくれただろう。
何でもないように、大したことではないように。
だができなかったのだ。
あのとき自分は。
それが。