トライアングル・トライアル
□[3]このドキドキはもしかして
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できのいい兄康祐を中心に回っているような初見家で、志波はちゃんと遼平自身を見てくれるのだ。
康祐の弟としてではなく、学習塾のようにその他大勢の生徒の一人でもない。
それが嬉しくて、応えたいと思うのだ。
意識している。
兄の友人で、しかも同性。
恋とはとても呼べないあまりに幼い、ただの憧れだとしても。
だからこそ、幼いなら幼いなりに思うのだ。
志波に愛想をつかせてしまうことにはなりたくない。
今の遼平には、それこそが活力源。
苦手な英語ですら頑張ろうという気持ちでいっぱいになる。
できの悪い教え子などというレッテルを貼られたくない。
「遼平くん、そろそろ夏休みだけど。休み中はどうする? 塾も特別講習とかあるんだよね」
「へ? あ、うん。ある、と思う。いや、あります」
志波のことを考えていた遼平は、間の抜けた返事をしてしまった。
これでは上の空でぼんやりしていたと思われてしまいそうで、慌てて、引き出しから塾の夏季日程表を取り出す。
「へえ、七月は午前中月曜から金曜までずっと? これまた大変だね。さらに夜も?」
「うん、この午前中のコース、申し込んでるから」
申し込みをしたのは、もちろん母親だ。
先日の塾での個人面談で、その場で申し込んでしまった。
まだ合宿コースにしなかっただけ、よかったと思わなければならない。
「どうする? いっそ、夏休み中は俺のほうなしにする?」
あまりのスケジュールを気の毒に思ったらしい。
「やだ。俺、塾より志波さんに見て欲しい」
「くっ」
志波の口元が奇妙に歪んだ。
まずい、と思ったときは笑い上戸のスイッチが入った。
「志波さんっ!?」
いったい何に反応したのだ?
そんな笑いを取ってしまう会話はしていないはずだ。
「ご、ごめん。くくっ、で、でも、さ」
「何か、俺変なこと言った!?」
「いや、言って、ない。言ってない、よ」
だったら何なんだ!
笑いこける志波を前にして、遼平は口を真一文字に引き締める。
「そ、そんな柴ワンコの仔みたいな顔するなって。ちゃ、ちゃんと夏休み中も、家庭教師、す…する、から」
「ひ? シバワンコ?」
柴犬の子供って、どんな顔だ!?
テレビで観たころころの仔犬を脳裏に浮かべてみるが、とても自分の顔に似ているとは思えない。
犬派か猫派かとタイプを聞かれれば、犬派だろうけれど。
志波はひとしきり笑っている。
あとはもう、スイッチが切れるのを待つしかなかった。