スプラッシュ・タイム
□【7】
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坂崎の個人指導でこの日の仕事が終わる飯島は、着替えを済ませるとクラブビルを出た。
そして駅前の駐車場に向かう。
クラブにも駐車場はあるが、こちらを使ってもらっている。
何かの拍子で人目にでもついたら困るのだ。
普段、通勤は地元の駅からJR線を利用している坂崎だが、個人指導のある日は自宅からここまで車で来るようになった。
「済みません、待たせました?」
ドアを開け、助手席に乗り込む。
「いや、そんなことないよ」
シートに座るや否や顎を取られ、坂崎の唇が飯島のそれを塞ぐ。
「こんなとこでっ」
飯島の抗議は聞いてもらえず、さらに深く口づけられる。
「練習中我慢していたんだぞ」
濃密な時間を過ごすようになって、坂崎の口調は変わった。
クラブでは教える立場の飯島を尊重して、丁寧な物言いで接してはくれるが、二人のときは情のこもった恋人同士の話し方だ。
それに今日のようなこともときどきしてくる。
一応周囲を見てやっているようだったが。
「だからっって。誰かに見られたらどうするんですか」
「さっき電車が行ったから、しばらくは誰も通らないよ」
「でも。ここ俺の仕事場に近いんですからね。坂崎さんとつき合っているなんて、知れたら仕事出来なくなる」
恨みがましく声を上げる飯島だった。
駅の改札を挟んで、クラブビルの反対側だが、誰が通るか分からない。
「何かちょっとした社内恋愛みたいだな。週に一度だけだが」
「冗談言ってないでください」
生活する時間帯の差で、平日は思うように会えない。
飯島の終業後を待つとどうしても遅い時間になり、それではサラリーマンの坂崎に負担がかかる。
「あの……」
エンジンをかけ、車を発進させた坂崎に話しかける。
「大丈夫だよ。ちゃんと送るから」
「じゃなくて、坂崎さんの負担になってないかって。俺と会って。明日も早いんですよね」
「また――。会いたいから、会えるよう時間を作る。それぐらい出来る大人だよ、俺は」
昔はそれが出来なくて、離婚されたわけだ、と坂崎が屈託なく続ける。
だが飯島は、坂崎の結婚していた、という過去に、どうしようもないことだと分かっていても嫉妬してしまう。
「何考えてる?」
俯き唇を噛んでしまったところを見られたようだった。
「何でもないです」
つまらないことを考えてしまったと、飯島は首を振ったが、坂崎は見逃してくれない。
どんな些細なことでも、それが二人の気持ちを重ねる術だと思っているのだ。
「隠し事しない。何がそんな顔をさせたか言って欲しい」