スプラッシュ・タイム

□【5】
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「電話? ああ」

ディスプレイ画面に坂崎の名前が表示されていた。
出ないわけにはいかず、通話ボタンを押す。

「はい」
『何をしているんですか?』
「あ、いえ……その、ちょっと遅れそうというか、ちょっとその……どうしよう…か、って……」

心構えなどなく、坂崎からの電話に飯島は焦る。

『遅れる? 何を言ってるんですか?』

坂崎の声に苛立ちを感じ取る。

「え、っと――」
「飯島さん!」
「はいっ」

名を呼ばれて返事をしたが、それは電話を通してではなかった。

「坂崎さん……」

振り返った目の前に坂崎が立っていた。
その気色ばんだ顔は、自分に向けられているのだと思った。

「ここまで来ていながら、どういうことですか?」
「済みません。ちょっと…その……」

坂崎の後ろに、こちらを窺う女性の姿が見えた。

「あの、済みません。俺が勝手なんです。坂崎さんのせいじゃないです」

飯島の視線の先に、坂崎が気づいた。
首を捻り肩越しに会釈すると、彼女は頷き返したあと、場を離れていった。

人込みの中に消えていく彼女を見て飯島は、この後どこかでまた落ち合うのかもしれないと思った。

「……いいんですか? あの人、行っちゃいましたけど」
「え? ああ。偶然会って、ちょっと話をしていただけですから」

ホテルはブライダルフェア中だ。
偶然、こんな場所で会っただけなどと、信じられるはずもない。

「でも。俺はいいですから。何かブライダルフェアみたいだし。そっちを優先してください」

どう言えばいいのだろう。
自分なんかより、二人は似合いだ。

「何言ってるんですか、飯島さん。彼女はこないだ飯島さんと昼を食べたあの店の女将(おかみ)ですよ?」
「女将?」
「そうですよ」

坂崎が頷く。

それで、どこかで会った気がしたのか。
あのときはまとめ髪に着物と和装だったが、今日は髪も下ろして洋服姿だった。
 
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