スプラッシュ・タイム
□【4】
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自転車でアパートに帰る。
ペダルをこぐ足は重く、少し度が過ぎたらしい。
「情けないの。あれくらいでガタガタになるなんてさ。学生時代はもっと泳いでたっていうのに」
飯島は自転車をアパート下の共同駐輪場に止めると自室のある二階へ、外づけの階段を上がる。
カギを取り出し開けて中に入れば、暗闇が飯島を迎えた。
就職を機に一人暮らしを始めた飯島だったが、誰もいない部屋に帰るということが、こんなにも侘しいものだと初めて味わった気がした。
「結構この部屋広いんだな」
キッチン続きの部屋と奥にはベッドを置いた部屋。
一人暮らしには十分だが、広いはずがない。
荷物を置き、ベッドにそのまま仰向けに転がった。
疲れていて、何か考えることも億劫のはずが、それでも坂崎のことを思い出してしまう。
もうこのまま坂崎はクラブに来ないのではないかと、不安な気持ちはマイナスに思考を始めた。
「ああ、ダメだ。バカなことばかり考えてしまう。もう寝よう。寝てしまうんだ、俺」
そういって寝られるものなら、とっくに寝ている。
「くそ、シャワーでも浴びてこよう」
ベッドから身を起こした飯島の耳に、携帯電話の着信音が聞こえた。
「え、電話!?」
坂崎からかもしれないという期待。
違っていたらという不安。
だが出ないわけにはいかない。
まったく違う、友人からかもしれない。
飯島は、音の発信源を求めて立ち上がる。
通勤に使っているバッグの中に入れてあるはずの携帯が見つからなかった。
こういうときに限って、なかなか見つからないものだと情けなくなった。
「俺って何やってんだよ。ったくもう」
やっと探し出したときには、携帯は切れていた。
我ながら何をやっているのか、苦笑する。
携帯電話を開けばディスプレイ画面に着信履歴が表示される。
そこには坂崎の名前があった。
「坂崎さんから……」
途端に嬉しさが込み上げる。
同時にすぐに出られなかったという申し訳なさがない交ぜになった。
飯島は表示させたまま発信ボタンを押した。
呼び出し音が数回鳴り、通話状態になる。
『飯島さん?』
「あの……遅くに済みません」
久しぶりに聞く坂崎の声に、飯島の胸は高鳴りを始める。
『いえ、こちらこそ今日は休んでしまって済みませんでした』
今家に帰って来たところだと坂崎は言った。
「いえ、お仕事が忙しかったんですよね。仕方がないですよ」
『行きたかったんですけどね、本当に』
残念がっている坂崎の声が、鼓膜を通って体中に沁みていく。
「あの、それでわざわざかけてこられたんですか?」
『ええ、まあ。実は来週も行けそうにないんですよ。出張になりそうで。それの準備があって、今日残業だったんですが』
「え……、出張…ですか? そうなんですか……」