スプラッシュ・タイム
□【3】
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「坂崎ですか? あの部署か、下のお名前のほうは分かりませんか?」
明るいピンク色の制服を着た女性が、笑顔で飯島に尋ねる。
「あの……隆彦…さんです……」
さすがに部署名までは飯島は知らず、名のほうを告げる。
「営業企画部の坂崎ですね。恐れ入りますがお客様のお名前をいただけますか?」
「えっと…飯島といいます」
受付の女性社員は頷くと電話をかけた。
「坂崎部長は戻っておられますか? 部長にお客様がみえているのですが」
飯島は坂崎の肩書きに内心驚く。
会社によって違うだろうが、坂崎の年齢で部長というのは昇進が早いような気がした。
「お待たせして申し訳ありません。坂崎がすぐに参りますので、あちらでお待ちいただけますでしょうか」
そう言われて、指されたほうを見れば、受付のすぐ横から奥に広がるショールームようだった。ショー・ウィンドー同様、取り扱っている婦人服がファッションショップよろしくディスプレイされているのが見える。
「あ、いえ…これを――」
飯島はバッグから坂崎の携帯を取り出し、ことづけようとしたが、受付の女性はちょうどかかってきた電話の応対に出てしまった。
本当に自分はここにいていいのか、坂崎はすぐに来るのか不安を覚えながら、仕方なしに言われたショールームの入り口で佇む。
「早まったかな」
吐き出す息とともに、後悔の滲んだ言葉が口をついた。
自分が来たことで坂崎の迷惑にならないだろうか気になってくる。
飯島の横を人が通り過ぎる。
社員らしい者からは、すれ違いざまに「いらっしゃいませ」と声をかけられ、居心地が悪かった。
ほどなくして、坂崎が現れた。
「済みません、飯島さん。ずいぶんお待たせしました。会議が長引いてしまって」
飯島はほっとしたが、すぐに坂崎のいでたちに、やっぱり来るんじゃなかったと後悔した。
飯島が個人指導にコース変更の話をしたとき同様、坂崎は当然ながらスーツだった。
普段は水着姿ばかりで、見慣れていない飯島には、別人のように映る。
「あの、会社まで来てしまって、済みません……」
「いえ、とんでもないですよ。こちらこそ約束した時間に行けなくて気になっていたんです。わざわざここまで来てもらって恐縮です」
心底申し訳なさそうに詫びる坂崎に、却って飯島のほうが恐縮する。