災い転じて恋をして
□6.
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「相変わらずの部屋。でもちょっと変わったかしら。床にものがない……。んー、あなた、ミシン知らない?」
いきなり話しかけられ、驚きながらも玉木は答える。
「ミシンですか? それなら玄関横の納戸にありましたけど」
「あら、そんなところにしまったのね、あの人」
女性が玄関に向い、玉木が言った納戸を開ける。
「あった。ねぇ、悪いけどこれ下まで運んでくれる? 車待たせてあるから」
そう言って、靴を履き始めた。
「は、はい」
否は聞かないと、女性にはそんな雰囲気があった。言われるままに玉木はポータブルミシンを中から取り出し、手に持つと女性に従った。
「あら、鍵、持ってるの」
玄関を施錠する玉木に、何を思ったのか女性がおかしそうに言った。
「はい、預かってます」
「ふーん。意外だったな」
「え?」
それ以上は何も言わず、停まっていたエレベーターにさっさと乗る。続いてミシンを手に提げて、玉木も乗り込んだ。
下降する僅かな時間、玉木は無性に落ち着かなかった。
「乗せてくれる?」
マンションの前の道で待っていたタクシーに、言われるまま玉木はミシンを運び入れた。
「助かったわ。ありがとう」
ミシンと女性を乗せて、タクシーが走り出す。玉木は上手くいえない気持ちを抱えて、そのテールランプを見送った。
部屋に戻った玉木は首をぐるっと回し溜め息をついた。
「多分、そうなんだ」
そうに違いない。
この部屋にある電化製品の本来の持ち主が今来た彼女なのだ。樫原と昔つき合っていたという人――。
「オレ、何やってんだろ、ここで」
一時的に住まわせてもらい、そのお礼に食事を用意して樫原の帰りを待つ。
それだけだ。なのに、今覚える、説明のつかない感情が堪らなかった。