トライアングル・トライアル

□[4]たとえこれがリアルでも
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ついに夏休みに入った。受験生にとってこの長期休暇が勝負どころなのはいうまでもない。

遼平も当然ながら中学最後の夏休みは受験勉強一辺倒だ。
塾の夏期講習、志波の家庭教師、空いている時間は自主学習とめいいっぱい忙しい日々が始まった。

今しかできない何か、などとその年ごろならではの「何か」を期待しようにも、「今しかできないこと」が受験勉強ならそれをするだけだ。
勉強をすることが目標を達成するための最短コースということは、もう誰に言われなくても遼平自身が一番分っている。
休み前に立てたスケジュールも計画どおり順調だ。
来年の春には晴れて松英高校合格者となるのだ。

今日もそんな心意気のままに志波を迎えたが、しかし背後に感じる視線に勉強に集中できずにいた。
志波のようにいつもと同じというわけにはいかない。

「遼平くん、気を逸らさないで」

集中力が足りないといえばそれまでだが、部屋にいること自体落ち着かなかった。
こんなことなら、部屋のドアを閉めておけばよかった。
だがそうすると風が通らなくなり、暑くて堪らなくなる。
扇風機だけで暑さをしのぐのは無理だ。
エアコンをつけて欲しいという訴えは毎度却下されていた。

「けどさ、志波センセイ」

後ろを憚るように小声で、つい口から出た。

首を回して振り向きたいところだったが、気にしていることが知れてしまうのが悔しく、もぞもぞと座り直すに留める。

何だって今日に限って家にいるのだ。
何かとお忙しいはずの初見家の長男は。

家にいるならそれでもいい。問題はどうしてここにいるのか、だ。

よりにもよって、この時間、この部屋に。
志波が来るようになって二カ月近くだが、初めてのことだった。

それに何より気になるのは、康祐の視線の先がおそらく志波だということだ。
普段から眼中にない自分を康祐が見ているはずがないのだから。

大学もとうに夏休みに入っている。
だから志波に何か用でもあって会いに来たのだろうか?
だったら、家庭教師の時間は二時間、そのあとにしてくれ。
今は自分の先生だ。
ああ、むしろさっさと済ませて、部屋から出て行って欲しい。

「遼平くん、そこ公式見落としている。その式じゃ答えは出ないよ」
「あっと、スミマセン、です」

志波が溜め息をつき、遼平は首を竦めた。

試験本番には何が起きるか分からない。
どういう状況になっても、集中する術をもって臨まなければ、せっかく身につけた実力が発揮できないことになっては元も子もない。

そんなことは頭で分かっていても、今は試験を受けているわけでもないし、とやはり落ち着かない。

 
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