主は冷たい屍となりて
□INSPECT.3 「未必」
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結果、スタンレー夫人の昨夜の時間的経過に嘘はなかった。
ホテルのフロント係が二人を覚えていた。
しかしチェックイン後、往復しようと思えば出来ないことはない。
それだけの時間はあるし、距離だった。
妻とその愛人が邪魔になった亭主に手をかけた。
世間にはよくある話だ。
それで決まりならことは早い。
「失礼ですが、あなた方の利き腕はどちらですか?」
「右ですが」
バークレーの質問の意図するところが分からないといった顔つきでエヴァンズが答えた。
「夫人はいかがです?」
「私も右利きです」
同様の表情で同じ答えだった。
二人とも嘘をついていない。
バークレーは耳の後ろを掻く。
まだ登場していない人物がいることは分かった。
レイモンドに振り向くと彼は鑑識の人間から何か受け取っていた。
「失礼。これに見覚えはありますか?」
彼が差し出したポラロイドで取った写真をバークレーも一緒になって見た。
赤黒く汚れたナイフの柄が写っていた。
「これは――……」
覚えがあったのはエヴァンズだった。
写真を凝視している。
「どういうものですか?」
エヴァンズの言葉を促すため、レイモンドが尋ねる。
「昔、揃いで作ったんです。エドと私と――…。その友情の誓いのために。三銃士でも気取っていたんでしょうかね……。これが何か?」
「三銃士より円卓の騎士では?」
すかさず言ったレイモンドの皮肉にエヴァンズが顔を歪めた。
バークレーが小さな咳払いとともにレイモンドをたしなめる。
レイモンドはわずかに首をすくませると、ナイフの説明をした。
「スタンレー氏の腹部に刺さっていたものです」
「まさか!」
「そ…そんな――…」
同時にあがった二人の声と驚愕に満ちた表情にバークレーは彼らの真実を見た思いがした。
並んで屋敷を出た二人は止めてあった車まで戻る。
「つまりは――」
「他殺か自殺か、まだ判断がつきかねるところですが、左腹部の傷に関してはあの二人かもしれませんね」
先ほどのお返しとばかりレイモンドがバークレーの言葉をさえぎり代弁した。
「そうだな……予断は禁物だがな」
司法解剖の結果待ちだ、とばかり二人はスタンレー家を後にする。
「問題は……そこに殺意があったかどうかです。致命傷でなかったとはいえ、放置すればどうなったか想像はつくでしょうから」
「三銃士か」
亡くなった男、その妻、その親友――。
「警部、乗ってください」
「うむ」
運転席でレイモンドがハンドルを握っている。
スピードをまま出し過ぎるが、運転テクニックはバークレーが知っている人間の中では一番だ。
レイモンドに促されるまま車に乗り込んだバークレーは、内ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。
この日初めての紫煙だった。