主は冷たい屍となりて

□INSPECT.1 「密室」
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主が死んでいると通報が入り、トマス・バークレーは朝食もそこそこに、現場に急行した。

到着早々、覚えのある銀色の車体が目に入る。

「おはようございます。バークレー警部」

既に来ていた部下のレイモンド・クーガーだ。
車はむろん彼のものだ。何度か助手席に乗せてもらったことがある。

レイモンドは、元は商社サラリーマンという変わった経歴を持っていた。
だがその風体は、新卒の刑事たちと大差ない。

「うむ、状況は?」
「はい。死んでいたのはこの屋敷の主、エドワード・スタンレー氏です。書斎のデスクに伏せるようにこときれていました。死因は、右腹部に突き刺さったナイフによる失血によるものと思われます。詳しいことは鑑識結果を待たないと何とも言えませんが、おそらく間違いないでしょう。それから死後硬直の状態から言って、絶命したのは昨夜午前二時前後かと」
「第一発見者は?」
「屋敷に住み込みで働いている、ミズ・ジョアンナです」
「で、ミセス・スタンレーはどこに?」
「それが……。ミズ・ジョアンナによると、夫人は女学校時代の友人に会うため、昨夜から外出しているそうです」

レイモンドはバークレーの聞きたいことをよどみなく答える。
上司が到着するまでの僅かな時間で出来る限りの情報を仕入れたようだ。

「夫が死んでいるというのに奥方は外泊か」

吐き捨てるように言ったバークレーにやんわりとレイモンドが口を挟む。

「スタンレー氏が死んだのは夫人にとって予測不可なことでしょう? 普通は。そんなふうに言ったら気の毒ですよ。普通なら」

バークレーはレイモンドの二度続けられた言葉に引っかかり覚えた。

「何かあるのか?」
「まだ何とも。自殺か他殺か。状況は酷く自殺です。でも死体が気に入らない。それに環境も――」

レイモンドにはまだ他にも情報があるらしい。
初動捜査の肝心はその情報量と、部下に教えたのは他ならぬバークレー自身だ。

「レイ、死体が気に入らないとはどういうことだ?」
「ナイフによる傷と思われるものがもう一つあるんです。致命傷とはいえませんが」
「ためらい傷か?」

自殺者にはよくある。
だがレイモンドの肯定はない。
ということはそういう意味の傷ではないのだろう。

「分かった。まずは現場を見よう」
 


 

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