主は冷たい屍となりて

□EVIDENCE.2 「ヒミツノコイ」
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「そうだわ」

目を閉じている男の傍らで女が言った。

こじんまりとしたホテルの一室だが居心地はそう悪くない。
もっとも部屋の雰囲気を確認できるほど、男に余裕はなかったが。

「これで良かったのよ」

女が再び口を開く。

男は突然何を言い出すのかと女を胡乱げに見返す。

女は男のそんな目つきにも気に留めず、いっそ晴れやかに歌うように言った。

「これで良かったのよ。――良かったのよ」

堪らず男は問い返した。

「何が良かったんだ!? 君が……」

その手にかけて――とは続けなくとも分かったはずだ。
男もそれ以上、口にする気にはなれなかった。

「そうよ。だから――私たちだけよ。残ったのは私たちだけ」

そう言い放ち、あでやかな笑みを浮かべるかつての幼なじみに男は身じろぐ。

「何を考えている?」

男が女に問うた。

問わずとも、その答えを男は知っていた。
女が考えていることは、分かっていた。

「分かっているはずよ、あなたも」

言うなり女がその柔肌をすり寄せてくる。
多少、線が緩くなってきてはいるが、女のからだはその魅惑的な曲線で男を取り込む。

「よしてくれ。今はそんな気分じゃない」

冷たく突き放そうとするが、男の言葉にそれほどの力はなかった。

「私は、今夜、あなたと、ここに、いた。あなたと、愛を、交わして、いた」

そのことを強調するように一語ずつ区切って言う。

「俺は……」

「あなたは私といた、それだけよ。あなたとこの部屋に一緒にいた。――ね?」

今度は母親が子供に言い聞かせるような物言いだった。

男はそんな女にわずかばかり憐憫の目を向ける。

女は気がつかないのだろうか?
お互いが決してその存在を証明できる間柄でないことを。
ことがあればまず疑いの目を向けられる関係であることに。
そんな簡単なことも分からないほど愚かだったのか?

いつから女は変わってしまったのだろう。
そうさせてしまったのは自分なのか。

女の変貌は代償なのか。
決して手に入れることが適わぬ思いを埋めるために、関係を持ってしまった、己の罪の――。

この女はいわば身代わりだったに過ぎない。

犯した罪のために、自分をも欺く。罪の意識に苛まれながら、懺悔することも出来ずにこれは続くのだ。

この先も――…。
 


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