主は冷たい屍となりて
□EVIDENCE.2 「ヒミツノコイ」
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何でこんなことになってしまったのだろう。
それほど憎かったのだろうか? その手にかけてしまうほどに?
両の手を石鹸で洗い、赤く剥けるほどこすった。
でも消えない。
私の目には赤く染まった血のりが見える。
明日になれば起きてこない主人を訝り、誰かがその惨状に気づくだろう。
そして警察が呼ばれ、私は真っ先に疑われる。
なぜなら、あの人の妻だから。
あの人が死ねば、屋敷やあの人の所有するすべての財産が私に入る。
どうすれば良いのだろう?
いや、大丈夫だ。今夜私はいなかったのだ。
あの屋敷に私はいなかった。
そう私は……人と逢っていたのだから。
数週間前からこの日の予定を組み、学生時代の女友だちと逢うために私は外出をしていた。
彼女とは口裏を合わせてある。今夜は私といたと言ってくれるだろう。
ああ、だめだ。
警察が来たら、それも気づかれる。
警察相手に嘘をつき通すなんて無理だ。
ならばどうしよう。
そうだ、それなら本当のことを告げれば良い。
今夜本当に逢っていたのはあの人の親友。
私は以前から、何かしら理由を作り夫の親友と密会を重ねていた。
結婚して暫くは、幼なじみとはいえ夫の親友という彼の立場をおんばかり、それ以上の感情は持たないように努めてきた。
だが、限界はすぐに来た。
私は自分の性を意識してからずっと、あの人より彼を愛してきたのだ。
なのに、あの人を夫に選んだのは恋していると告げても振り向かなかった彼へのあてつけ。
でも結婚した以上、私はあの人を、夫を愛そうと努力した。
何と言っても彼の次に好きな人だったのだから……出来ると思っていた。
でも気持ちを欺いた結婚は続かない。
形ばかりの夫婦生活は苦痛だけが残った。
それでもあの人の前では貞淑な妻を演じ続けた。
いつしかそんな夫婦関係は彼の知るところとなった。
あたり前だろう。
彼はあの人の親友で、曲がりなりにも私たちは幼い日々から共に歩んできた、家族にも近い関係なのだ。
そう、幼なじみ。
私は訴えた。彼に。
この結婚が間違いだったことを――。
いささか脚色気味に、あの人に愛されない自分を訴えた……。
彼はそんな私を少し困った目で見ながら、それでもかつての幼なじみは私の背を優しく撫でてくれた。
そんな逢瀬に始まった関係の中で、私は彼に愛される時間を手に入れた。
その時の身のうちから湧きあがる昂まりに私は酔いしれた。
初めて得られた充足感に女としての悦びを知った。
ひとときの幸せに満足するはずだった。
しかし、からだは…心は…果てしなく――。
彼との関係は、麻薬のようにあくなく私に求めつづけさせた。