スプラッシュ・タイム
□【6】
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飯島は心持ち顎を上げて、自分より僅かに背が高い坂崎の目線に合わせる。
怒っていると言ったが、坂崎の眼差しにそんな色はなく、それよりも――。
「このホテルは、宿泊客は、プールに限らず施設すべてが使えるんです。だから優待券があるという話もウソです。そのほうが誘いやすいかと思ったので」
ここまで言われると、さすがに飯島は坂崎の真意を悟る。
「これでも期待していたんです。下心アリの私の誘いを断らなかった、あなたに。分かりませんか?」
「坂崎さんこそ本気なんですか? だってお子さんと海に行くために水泳始めて……えっと、結婚だってしていたし」
自分が何を言おうとしているのか、分からなくなる。
「ええ。泳げるようになりたいと思って、水泳を始めましたよ。で、あなたに出会った。それとも子供もいるバツイチではダメですか?」
「俺はこんな気持ち、坂崎さんには迷惑じゃないかって。だから、分を超えたつき合いをしちゃいけないんだって……思った…から」
「先日会ったときも思いましたが、あなたはプールで私に水泳を教えるときとは本当に違いますね。あんなにしっかり指導するのに。周りへの気遣いが出来る人だとは思っていたが、もう少し自信も持ちなさい。だからこそ惹かれたんですが」
「坂崎さん、だって、そんな」
少し首を傾げ、坂崎の顔が近づいてくる。
「イヤなら、横を向いてください」
駄目押しだった。
飯島は顔を背けるかわりに目を閉じた。
唇が触れて、離れていった。
「あ……」
飯島は薄く目を開ける。
目の前には自分を見つめる坂崎の顔があった。
「もう気が変わったなんて聞きません。ここまでして断られたら立ち直れない」
苦笑混じりに言う坂崎に、飯島は頷いた。
肩に置かれていた坂崎の手が背中に回る。
「あ、あの……んんっ」
再び坂崎と唇を重ねる。
だが今度はすぐには離れず、角度を変え、より深く合わさる。
「はぁ…ん、んん――」
濃厚に繰り返される坂崎の口づけは、飯島を翻弄した。呼吸することも忘れ、息苦しさに喘いだ。
背中に回っていた手が飯島の腰あたりまで下り、強く引き寄せられる。
体は密着し、熱を孕み出した自身の状態を知らしめた。
「飯島さん……このまま押し倒していいですか?」
「……き、聞かな、いで…ください。そんなの……」
互いの変化を感じ取り、飯島は羞恥の中、坂崎にしがみつく。
「飯島さん……素直な人だ」
坂崎が飯島をベッドに一度座らせ、伸しかかるようにして押し倒した。
「本当に。あなたのことが気になりだしてから、不謹慎ですが、水泳の練習が困りました。気を抜くと平静でいられなくなって。だから練習に集中しました」
夏に子供と海に行くため泳げるようになりたいと、一念発起してクラブに入会したはいいが、そのコーチが気になるようになってしまった、と坂崎は言った。
飯島は坂崎にのしかかられたまま、話を聞いていた。