スプラッシュ・タイム
□【5】
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坂崎は二週間クラブに来なかったが、次の休日に会えるということが、飯島を心躍らせていた。
そんな飯島を同僚が彼女でも出来たのかとからかう。
そして当日。
カフェで軽く昼食を済ませた後、Hホテルに行く。
待ち合わせたロビーには、ブライダルフェアをやっているらしく、結婚を考えているカップルで人が溢れていた。
「人、多いな。坂崎さん、分かるかな――」
だが飯島は坂崎をすぐに見つけた。
先日会ったときより、休日ということもあって幾分カジュアルな服装で、ジャケットを片手に持っていた。
声をかけようと歩き出したが、その隣にいる人影に飯島の足は止まる。
飯島の胸がずきずきと痛み始めた。
坂崎の隣に女性がいた。
親しげに話をしている。
もしかして、別れたという妻なのだろうか。
だが何となく見覚えがあった。
しかし、どこで見たのか思い出せない。
「あの人誰だろう……。どこかで会った気もするんだけど」
話をしている坂崎とその女性は、まるでブライダルフェアに訪れた大人のカップルのようにも見える。
「……そう…だよな。俺バカみたいに喜んでたけど、さ」
坂崎は優待券があると言って誘ってくれたが、それもこのブライダルフェアのついでの軽い気持ちだったのかもしれない。
それを誘ってくれたと有頂天になって。
まして、坂崎も自分のことを、などと思い上がっていた。
冷水を浴びせられたように、自分の身の程を思い知る。
坂崎は仕事で練習が抜けてしまうのを埋め合わせたかっただけなのだ。
そう考えれば、それしかないように思えて、さっきまでの高揚感は消え失せていた。
飯島は坂崎に背を向けると、柱の陰に回り深呼吸を一つした。
今、何でもないような振りをして、坂崎に会うのは辛かった。
このまま引き返してしまいたい。
だが、約束しておいて、そんなことは出来ない。
だからといって、坂崎に声をかけるのは、楽しそうに話している二人を邪魔するようで、ためらわれた。
「どうしよう」
時計を見れば、待ち合わせた時間をすでに過ぎていた。
柱陰から覗くように坂崎を見る。
まだ女性と話していた。
だがときおり、その目線が辺りを見渡すように動く。
飯島は、自分を探しているのだ思った。
「出て行きにくいよ。割り込むみたいで。――っ!」
コットンパンツの後ろポケットに入れておいた携帯電話が着信音と共に振動した。