災い転じて恋をして

□7.
1ページ/4ページ

 翌日、出勤した玉木はほとんど商談で出払った営業部で、昨日の商材の納品期日のチェックをしていた。今朝は直接取引先に向った樫原とは、まだ会社で顔を合わせていない。
「ただいま―、今帰りました―。もう何だってこうなるかなー」
 愚痴りながら、温田が出先から戻ってきた。
「お疲れさまです。どうかされたんですか?」
 席に着きブリーフケースから伝票の束を取り出した温田に、女子社員が労いの声をかける。
「見ろよ、この値引き伝票。素材が違っていたのはこちらの責任だから返品してもらうわけだけどさ、何便乗してるんだか、やることがエグイよ」
 これとそれは違うだろ、と温田がぼやいていた。
 今回のシャツとは関係ない商品の値下げを要求されたのだという。断りたかったが、品質表示の偽称についてこちらに非がある以上、強く言えなかったらしい。
「でも伝票どうするんですか? 持ち帰ってきて」
「いや、一応、仮伝(かりでん)なんだ。こういうときは役ナシだからね。課長に聞いてみないと一存では受けられないって、言っておいた」
「課長に丸投げですか?」
「そう言うけどね、仕方がないじゃない。一介の営業マンにそこまでの決定権はないよ」
 玉木は、聞くともなしに温田と女子社員の会話を聞いていた。
「わぁ、こんなに値下げしてしまうなんて、ちょっと酷いじゃないですか。これって、去年の商品ですよ? 断れなかったんですか?」
 仮伝だといった伝票を一枚抜き取った彼女が内容を確認していた。
「それが小うるさいところでね」
 何やらまた面倒な話が出てきたようだ。樫原は今夜も残業になるかもしれない、と玉木は思った。
 それは案の定だった。夕方近くに一度樫原は戻って来たが、温田の報告でまた出て行った。社内にはいるようだが、それきり営業部には姿を見せていない。
「玉木、もう上っていいぞ。残りは課長の裁量で進めるしかないからな」
「はい、温田さん。では失礼します」
 今日はもう自分がやれることはない。
 仕事を終え皆が帰途につき始める中、樫原が気になったが、玉木も帰り支度をして営業部をあとにした。
 会社を出た玉木は、真っ直ぐ駅に向かう。
「どうしようかな。不動産屋を少し回ろうかな」
 いつまでも樫原の家に世話になるわけにはいかない、とは思う。新しい部屋の候補もいくつか上げている。
「でも家賃が高いんだよな」
 保険が下りるには、まだ時間がかかりそうだった。新たに部屋を契約するにしても、まとまった金がないことには難しい。いくらかは会社で用立ててくれるかもしれないが、できるなら借金はしたくなかった。
「もう少し貯金しておけばよかったな――あれ、課長?」
 目に入った人影に、通り過ぎた店の前まで少し戻る。
「やっぱり課長だ。こんなとこで?」
 しゃれた雰囲気のカフェだった。店舗のガラス越しに樫原の姿が見えた。会社にいるとばかり思っていたが、もう退社してしていたのか。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ