災い転じて恋をして

□6.
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 退社後、樫原の部屋に帰宅した玉木は、浴槽を洗いながら今日のことを思い出していた。
「うーん、あんな風にして素材が分かるなんて、知らなかったな」
 樫原が見せた、布を燃やしてその素材を見分けること燃焼テストというらしい。商品部を回っているとき、温田が教えてくれた。
 樫原も温田もすぐに二つの素材の違いは分かったそうだが、玉木に敢えて見せてくれたのだった。
「ホント似たような生地だったし。オレは触っても分かんなかったぞ」
 それだけではなく樫原は手にしただけで大体の混紡率まで言い当てるという。
「だから課長なんだな。凄いや」
 スポンジで浴槽の壁を擦りながら、湯垢を落としていく。
「でも、家事はできない。やらないだけなんだろうね」
 そのギャップが樫原の人間性のようで、玉木は考えているだけで楽しくなった。
「今日は何時だろう。ここのところ早かったからな。でも遅くなるんだろうな。課長って大変だ。仕事なんだから仕方がないけど」
 樫原が早く帰る理由が、自分が用意する食事を食べたいからだというのが、また嬉しかった。
 そのとき玄関の開く音が聞こえた。
「え、まさかもう帰ってきた?」
 いくら何でも早いと思ったが、玉木は急いで浴室から出る。
 だが、玄関に立っていたのは見知らぬ女性だった。背が高く、タイトなスーツがよく似合っている。
 女性のほうも、顔を出した玉木に驚いた顔をした。すぐに訝しそうに目を細める。
「どなた? この部屋で何をしてるの?」
「いえ、オレは樫原課長の部下で、ちょっと事情があって今こちらで世話になっているんです」
 そう答えた玉木を、まるで値踏みをするような眼差しを向ける。
「宗弘さんの? 珍しいものだわ、あの人が誰かを部屋に上げるなんて」
「宗弘…さん?」
 樫原の名だった。名を呼ぶということは、樫原とは親しい間柄のようだ。それにオートロックのマンションに入ってこられたのだから、この部屋の鍵も持っているに違いない。
 そんな鍵まで持っている女性――と玉木が思い出したのは、前に温田から聞いた樫原を振ったという人のことだった。
「ああ、私のことは気にしないで。荷物を取ったらすぐに帰るから」
 女性が部屋の中を物色し始めた。よく知っているとばかり、奥の部屋にも向う。
「荷物?」
 玉木は気になってあとをついて行った。部屋で女性はクローゼットを開け、中を確かめるようにして見ていた。
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