災い転じて恋をして

□4.
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「おはよう、玉木。課長んち、どうだった? よく眠れたか?」
「温田さん、おはようございます」
 翌日、樫原と出勤した玉木は営業部の部屋で温田に声をかけられる。手には鞄を持ち、早々に出かけるようだった。
 樫原は朝の婦人部門の課長ミーティングがあるため、まだ部屋に顔を出していない。
「ええ、おかげさまで。今朝は一緒に出勤です」
 朝食は会社近くの喫茶店で、樫原に誘われるまま一緒に摂った。コーヒーの美味い店だったが、トーストとゆで卵だけのモーニングセットでは、玉木の胃袋には物足りなかった。
「そうか。考えてみれば、帰ってからも上司とずっと一緒というのも、大変だよな」
「そんなことないですよ」
 答えながら昨日のことが思い出されたが、自分の胸のうちに止めておく。樫原に限ったことではない、ただのライフスタイルの違いなのだ。
「息抜きしたくなったら、うちに来いよ。一、二日ぐらいだったら、奥さんに言っておくから」
「ありがとうございます」
「じゃあ、今から商談に出かけてくる」
 課長にそう言っておいてくれ、と温田が部屋を出て行った。
「さてと、オレは商品手配しなくちゃ」
 温田を見送った玉木は、自分の仕事を確認する。先日の出張で発注をもらった商材の手配を任されていた。
「商品部に電話して、伝票切って、と」
 それだけで午前中はかかりそうだった。玉木は、ちらりとまだ主の来ていない机を見る。
「ホント、課長って見た目とあんなに違うとは思わなかったな」
 僅か二日で知った樫原のプライベートに、玉木は何ともいえない気持ちが大きくなっていくのを感じた。
 昼休み、社員食堂で昼食を済ませた玉木は、休憩と商談で人が出払っていた営業部で、住宅情報誌を捲(めく)っていた。
 通勤の利便性を考えれば、駅から離れていないところがいい。地下鉄線沿い物件の家賃を見比べる。
「高代…か……結構便利なんだよな、課長のマンションって」
 駅からも近く、近くにはスーパーがある。同じような条件で探してみれば、途端に家賃が跳ね上がる。
「厳しいな、現実って」
 作倉町のアパートのような物件はなかなか見つからない。
「玉木。ここにいたのか」
「あ、課長。どうかされました?」
 これから休憩に入るらしい樫原が顔を覗かせた。
「これを渡しておこうと思ってね」
 樫原がポケットから何かを取り出した。
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