災い転じて恋をして

□1.
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 N市、T町。南北に伸びたT町は、東にこの市最大の商業街を、西には玄関駅ともいうべき、やはりこの市最大のターミナル駅、Nを臨み、繊維商業街として婦人服を中心にアパレル会社が軒を連ねている。
 中でもハクオウは、白壁の外観が目を引く十一階建てで、婦人の他にも紳士・子供衣料を扱うアパレル大手の一つに数えられている。
 そのハクオウの、カジュアルものをメインとした婦人衣料部第三課の営業玉木隼人(たまきはやと)は、上司の三課課長の樫原宗弘(かしはらむねひろ)と、次のシーズンの商談のために早朝から東京に出向き、今N駅に戻って来たところだった。
「すっかり遅くなってしまったな」
「そうですね」
 最終の新幹線だったために、連絡する在来線もほぼ最終で、玉木が利用している地下鉄駅からの乗り継ぎバスは既になかった。
 出張だったのだからこれも仕方がないと、玉木はそっと肩を落とす。
「何だ、疲れたのか?」
「そんなことないです。この時間だと乗り換えのバスがもうないな、と思って」
 労られて、玉木は「大丈夫」と慌てて微苦笑に変える。肩を落としたのを、疲れたため、と取られたようだ。
 入社して二年、樫原より一回りも若い自分が、疲れることだけは一人前などと思われるのは不本意だった。今日にしても、玉木は樫原の後をついて回っただけで、実際に先方との商談を進め、発注まで請けたのは樫原だ。
「そうかバスが。悪かったね、もう少し早めにメシを切り上げればよかったな」
「いえ。仕事なんですから、時間なんて言ってられませんよ」
 商談後、取引先と食事に行ったのが遅くなった一番の理由だったが、そういうつき合いも仕事のうちだ。
「君はどの辺に住んでいるんだ?」
「はい、港区の佐倉(さくら)です。港町線の堀場(ほりば)からバスで」
 地下鉄港線の堀場からバスに乗り換え、十五分ほどで佐倉町だった。
「なんだ、佐倉か。なら、ついでだ。送っていこう」
「え? 課長? 送ってって……」
 タクシー乗り場に向かって歩きかけた樫原に、玉木は聞き返す。
「私は高代(たかしろ)なんだ。通り道だよ」
「高代なんですか? あ、でも」
 高代といえばその堀場の手前の駅だった。通り道、と樫原は言ったが、佐倉町は少し回らねばならない。
「気にするな。タクシーで行くならそんなに変わらない」
「はぁ、では――」
 せっかくの上司の好意なのだから、と玉木は素直に受けておくことにし、樫原のあとに続く。
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