アニキの恋人
□アニキの恋人2
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「ほら、ここはこっちの公式使って」
「あ、そっか」
日が傾き、オレンジ色の陽光が差し込んでくる夏の終りの夕暮れ。
三上忠敬は自室の勉強机に向っていた。
横から覗き込む家庭教師の視線に、多少の居心地の悪さを覚えながら、提示された例題に取り組んでいる。
その家庭教師、室岡雅人は兄の友人で、家に遊びに来ていた彼に、中学3年受験生の忠敬の勉強を見て欲しいと母親が頼み込んだのだった。
それは忠敬の兄、崇史の成績が上がったことに大きく起因する。
兄は部活が陸上で、勉学をどちらかといえば苦手としていたはずの、いわゆるスポーツに精を出すタイプの人間だ。
それが室岡とつき合うようになり、勉強を教えてもらっているらしい。
その成果が学期末テスト。
中の下辺りだったのが中の上に上がった。
休み前に配布された成績表には、以前には見られなかった数字もあった。
「室岡さん、この問題の答えって何?」
忠敬は数学の参考書に載っている、今度は応用問題に取りかかり始めたが、苦手な文章問題で通り一遍見ただけでギブアップする。
「忠敬くん、問題読んだ?」
「読みました」
しかし室岡は簡単には答えを教えてくれない。
基本の公式の説明をした後、例題、応用をやらされるのだが、ともかく自分で考えることに時間をかける。
「問題、なんて書いてあった?」
「えっとそれは……」
「もう一回読んでみようか」
「はい」
もう、こういうことの繰り返しだった。
「あの……」
こっちは受験生なんだから、答えを教えて欲しい。
そのための家庭教師ではないのだろうか。
多少恨みがましい思いを込めて、答えを教えて欲しいと室岡を見上げる。
けれど室岡は動じない。
「あのね、忠敬くん。こういう文章問題は読めば答えが見えてくるもんなんだよ。基本をきちんと理解すれば」
「でも、そんなの時間かかっちゃうよ。試験本番中だったら無理だよ」
「だから今するんだよ。数をこなしていけば、要領が分かってくるから」
「そうなのかな」
「じゃあ、問題声に出して読んでみようか」
「……はい」
不思議と室岡に言われたことは素直に聞けた。
学校の授業よりも頭に入ってくる。
夏休みの初めには業者の夏期講習も受けてみた。
だが講師は一流なのだろうが、何だか周りに釣られて勢いづいただけで、いざ問題集を目の前にするとやっぱり分からない。
ともかく覚えろと暗記しろと買わされたテキスト十数冊。
そのときは覚えていたが、講習が終わるとどこかへ行ってしまった。