アニキの恋人
□アニキの恋人2
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室岡が口にした名は兄崇史のことに違いない。
そして彼女も「三上」といった。ということは彼女も兄と知り合いなのか。
「じゃあこの辺に詳しい? どっか店ある?」
「詳しいってほどじゃないよ。知ってるのこの本屋と……、あ、もうちょっと行けばショッピングセンターがあったな」
「じゃ、そこ行こうか」
「そうするか」
「ねえ、今日、その三上は?」
「部活」
「へー、寂しいね」
「別に」
後ろにいる忠敬に気づくことなく、室岡は背中を向けたまま彼女と歩き出す。
声なんてかけられない。
邪魔になりそうだ。
だが、胸の奥がきゅーっとまるでお腹が空いたときのように閉めつけられる。
お腹じゃなくて、胸が空くということがあるなんて初めての経験だった。
「何だよ、こんなの」
小さくなっていくその背から目が逸らせない。
ときおり、顔を見合わせ、話をしながら歩いていく二人は本当に仲がよさそうだった。
「カノジョ、か。……なんだ、カノジョいた…んだ」
何ともいえない罪悪感を覚えて仕方がなかった。
いっときでも兄の恋人ではないかととんでもない考えに囚われてしまったのが申し訳ない。
「これが普通じゃんか」
室岡ほど、勉強も出来て見栄えもすれば、彼女がいたっておかしくないじゃないか。
それをどうして。
たまたま料理が出来たから?
「でもさ」
勝手にこっちが誤解してしまったのだけど。
でも、もし恋人だったらそれもいいかなって。
それは、ほんの少し思ってもいた。
ほんの、ほんの少し、ちょっぴり、だったが。
「ま、いっか。あーあ、オレもカノジョ欲しいよーっ」
今度来てくれたときに、どうしたら室岡のように、彼女が出来るのか、教えてもらおう。
何にしても何かと興味を持ってしまう年頃だった。
学業だけではなく当然、異性にも。
忠敬は脇に抱えていた本屋の袋を抱えなおすと、「さ、帰ろ」と室岡たちに背を向けて歩き出した。