人形は歌わない

□終章
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 昼下がり、レイは署の屋上で買ってきたランチを食べていた。
 あれから半月。
 しかるべき施設で治療を受けているというダニエルを思い出しはするが、慌しい時間の中で少しずつ日常が変わっていく。何にしてもアレンと付き合うきっかけにもなった事件だった。
 レイはそのままアレンの部屋にいた。少々の睡眠不足と体力消耗に目を瞑れば、居心地は悪くない。だが、そろそろ新しい部屋を探さないといけない、と考え始めていた。
「美味そうだな、ちょっとくれ」
 匂いにつられたわけじゃなかろうが、アレンが横に来た。
「うるさいな、俺の昼メシだ」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
 言うなり強引にアレンはレイの唇を奪う。
「う、ア、アレン!」
 屋上とはいえ、誰の目があるか分からない。こんな場所で何をしてくれるのだ。
 仕方なく、アレンのみぞおちに軽く拳を入れれば、アレンは崩れるように膝を付いた。
「レイの乱暴もの。こんなに手が早いって知らなかったぞ」
「悪かったな乱暴で」
「おかげで生傷が絶えないよ俺は」
「どっちがだっ。お前のせいで俺は、アマンダに!」
 理不尽な言われように、レイはさっきアマンダに言われたことを思い出した。
『ねぇレイ。それってもしかしてダニか何か? 最近あなたの肌ぽつぽつ赤くなってるけど――。アレンって掃除しているのかしら』
「『でも痒くないみたいね』だぞ、聞いてるのか、アレン!」
「じゃあ、『ちゃんと薬はつけているから』って言っておけよ」
「バカか、お前は!」
 アレンと関係を持ったのは後悔していないが、もう少し考えて欲しいものだと思うし、出来れば職場の、いやこれだけは誰にも知られたくないのだ。
「バカって…言うなよ。お前って、ホント見た目と性格違うな」
「呆れてイヤになったか?」
 傲然と腕を組み、座り込んでいるアレンを見た。それでも楽しそうにアレンが眼差しを返す。
「いやちっとも。ますます惚れこんでいるよ」
 やはりその目に自分が映っていた。
「ほら」
 アレンがジャケットの内ポケットから何か銀色の物を取り出すとレイに渡す。
「ん?」
 受け取ると鍵だった。
「俺の部屋のカギ。合カギ作ってきたから」
「お前本気だったのか」
「何を今ごろ言ってくれるかね。俺本気だもん。レイさえよければ、だけど」
「分かったよ」
 鍵をポケットにしまうと、食べかけのチキンナゲットをアレンの口に放り込み階段へ向かう。
「レイ? どこへ――」
 咀嚼しながらアレンがレイの行き先を問う。
「総務。住所変更してくる」
「住所……、本当に!? レイ!!」
 アレンが目を大きく見開き、顔を輝かせた。案外気に入っているアレンの表情の一つだ。
「家賃は折半。掃除洗濯は受け持ってもいいが、片付けはしないからな」
「掃除はするくせに片付けが出来ないんだもんな。で、食事当番は交代制?」
 前半は聞こえなかったことにする。
「アレン」
「なんだ?」
 フェンスにもたれて座ったままのアレンの元まで戻り、横に腰を下ろした。そして耳元に小声でささやく。
「食事はお前が全面やる。その代わり、俺はお前に食われてやるよ」
 アレンが赤面した。
「お前って凶悪。どうしてくれるんだよ。今の、腰に来たぞ」
「まだ勤務中だよ」
「何でそんなに涼しい顔してるんだよ。帰ったら覚えてろよ。足腰立たなくしてやるから」
「ああ、楽しみにしてるさ。なんにも事件が起きなかったらな」
 言ったそばから二人の携帯電話が同時に鳴り出した。
「ち、呼び出しだ」
 アレンは忌々しそうに携帯を取り出した。その横でレイも自分の携帯を手にした。



END

 

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