人形は歌わない

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 床に男が倒れていた。
 仰向けに転がった男は全裸で、目を見開き苦悶の形相を浮かべていた。胸の真ん中にはナイフによるものと思われる傷があり、吹き出した血が固まりかけていた。
 その周りに何かの呪(まじな)いのように、バラの花が散りばめてあった。部屋が荒らされた形跡はない。
 男の名はハロルド・バーガンディ。ここから程近い大学に通う二十二歳。実家からの仕送りと家庭教師のアルバイトで生計を立てていた。
 広いとはいえない、だが若い男の一人暮らしなら妥当といえるアパートの一室。通報を受けて駆けつけた所轄の刑事たちと鑑識の人間が機械的に動き回っている。
「どうですか?」
 その中の一人、レイモンド・クーガーは目にかかりそうなクセのない金の髪をかき上げ、透き通る青い瞳を友人でもある監察医に向けた。
「ま、見たとおり刺殺だね、これは」
 死体を検分していたジョナ・マクガバンはレイに答える。しかしこの現場なら誰が見てもそう言うだろうとレイは思った。
「そんな顔しなさんな。持って帰って検死をしてみないと詳しいことは分からないんだから」
 まるでレイの内心を読んだようにジョナは小さな丸眼鏡のフレームを押し上げて、笑みを浮かべた。だがレンズの奥の髪の色と同じ茶色の瞳は笑っていない。
 見透かされバツの悪さを感じたレイは、ジョナから目をそらす。
「バークレー警部に報告するんだろ? じゃ今分かっていることだけ言っとくね」
 ジョナはレイの上司の名を口にした。レイにしてみればそれが聞きたかったのだったが。
「直接の死因は胸部ナイフによる出血死。一度刺したあと抜かずにさらに捻るように押し込んでいる。刃渡りは…そうだな、傷口の大きさから言って八、九センチかな。そんなに大きくないナイフだと思う。掌に隠れる程度だね。それ以外はこれと言った外傷はなし。ま、多分、と言うかこれはあれだね」
 被害者の状態は見るからに情事中、もしくはその直後といえた。
 痴情のもつれで殺人に至る。よくあるケースだ。大方の捜査官の印象はそうだろう。
 サイドボードに飾られていた写真のハロルドは人当たりのよい優男風だった。それでいて、何か一癖はあるような印象を受ける。交友関係を当たっていけば犯人の手がかりがすぐにも出てきそうだ。
 レイは、シートがかけられ運び出されるばかりの死体に再び目をやった。
「あとは解剖してからだね」
「何か新しいことが分かり次第お願いします」
「チジョウのモツレね。相手が女とは限らんだろうけど」
 体を押されたと思ったらマクガバンとの間に同僚刑事のアレン・ブルーナが割り込んでくる。

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