ハッピーウェディング

□6.幸せの記念日
1ページ/3ページ

       * * *

「隆広、何見てるん?」
 目の前に、淹れたばかりのコーヒーが注がれたカップが置かれ、オレは顔を上げる。だが首を回す間もなく後ろから抱き込まれ、甘い吐息が首筋にかかる。くすぐったさに首を竦める。
「ん? ああ卒業作品ショーのときの写真や」
 写真が貼られたアルバムをテーブルに置く。
 卒業後、市内の老舗デパートに就職した恭耶は就職と同時に実家を出て一人暮らしを始めた。オレはアパレルに就職し、その日の仕事を終え恭耶の部屋に来ていた。
 駅から程近い二LDKの恭耶の部屋は、仕事帰りに寄るにはちょうど良かった。
「へー、懐かしいな」
「何ゆうてんねん。卒業してまだ数ヶ月しか経っとらんへんやん」
「そうやけど。でもなんや学生時代が遠い昔のような気がするわ」
「言うとれ」
 新入社員のオレらは、業種は違えど似たような立場で、日々仕事に追われる。
 特に流行を追いかけるこのファッション流通業は、ほぼ半年先の商品を取引し、商材は一年以上前から企画していく。
 おかげで季節感めちゃめちゃや。
 学生時代までやと思とった恭耶との仲も、こうして卒業後も続いとるんは嬉しいことや。けどその業種の違いで休みは合わへん。こないだのゴールデンウィークは見事にすれ違いやった。
「俺、今度催事に回されんねん。特設会場におるけど絶対来んといてな」
 腕をオレの首に回したまま、恭耶が溜息混じりに言う。
 オレは会社帰りに、デパートはもとより、地下街やファッションビルを売れ筋調査として市場調査(リサーチ)して回る。男が婦人向けの店一人で回るんはかなりきつい。それも仕事やと、周囲の視線は気にせんようにしてるけど。
「なんで? 夏物バーゲン? バーゲン用品の納品はもうすぐやったな」
「ちゃうねん。夏物バーゲンの前に水着や。新入社員の服飾系の男はみんな水着売り場に回されるんや」
「ぶっ」
 思わず噴出す。
「何やねん、それ」
「い、いや、恭耶が水着って」
 そりゃお客さん来るやろな。恭耶の容姿やったら集客力抜群やし。
 相変わらずカッコええ恭耶を振り返るようにして見上げる。
 商品企画を希望して受けた就職先やったけど、研修終えて実際配属されたんは販売。恭耶はさすがにがっくりきていた。マーチャンダイジング(販売促進・宣伝などを含めての商品マーケティング)をやりたかったわけやし。
 現場を経験するのも大切やと、ただでは起きん恭耶は何ごともプラス思考で、今ご婦人方を相手に接客業に勤しんでいる。
 まぁ、普段婦人服売り場で接客している恭耶目当てに、夕方からの客足が増えたという話もどこまでホンマか元級友らから聞いていた。
 そう笠間なんぞ、楽しそうに連絡してきたものや。あいつは仕事帰りに恭耶の勤めているデパートにちょくちょく足を運んでいるらしい。リサーチやと言うてたけど、何をリサーチしているんやら。
「オレ心配やな。恭ちゃんが水着売り場担当やって、女の子いっぱい来るやろ」

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ