ハッピーウェディング

□1.片想い
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「なーなー、なーったらなー!」
「何やねん、さっきから。うっさいで、ジブン」
 日も暮れかかった教室。
 真っ白なシルクサテンの生地を裁断台に広げ裁ち鋏を手にしていたオレは、隣で構ってくれと鳴くネコに苛立ちを込めて言い放つ。
 いや、ネコもとい、城崎恭耶(しろさききょうや)。
 同じファッション専門学校の学生だ。デザインと縫製技術を学ぶ服飾技術科のオレと違って、専攻はスタイリスト科。
 二年前の入学式のときに出会い、男が少ないということもあって、クラスは違ったが一緒につるむようになった。
 通った鼻筋にくっきりした二重。少し色を抜いた髪は軽やかにフェースラインを縁取る。恭耶はいわゆる美人顔で、学校のみならず巷でもちょっと有名だったりする。その上スレンダーな肢体。実際、モデルクラブからスカウトされたっちゅう話もあった。
 見た目オレと正反対の恭耶は、まあ、黙っていればそのモデル並みの容姿に道行く人も振り返るほどなんやけど、一つ口を開けば口の悪さは絶品。その上、気が向くままのの構ってちゃんだったりで、犬か猫かといわれれば猫派の性格だった。
「そうかて、酒井(さかい)隆広(たかひろ)くん。さっきから型紙置いたまんまで、何もしとらんし」
 嫌味ったらしく、恭耶はオレをフルネームで呼んだ。
 ああホンマに。オレはこの数か月分のバイト代全部をつぎ込んで買い求めた白のシルクサテンを前にして、鋏が入れられずに震えていたのだ。
「うっさい、うっさい! 意気地のないオレを笑えばいいやろっ」
 あまりに高価で分不相応の素材を前にしてびびっているんや。鋏を入れ間違えてミスったら終わりなんや。
「アホちゃうか」
 素っ気無く恭耶は言うと、シルクの感触を確かめるように、表面を指で撫でる。
「えらく気合の入ったもん買うたな」
「あ、当たり前やろ。卒業制作なんやし」
 染み一つなく柔らかな光沢を見せていたそれは、国産じゃなくてイタリアからの輸入物やった。他にもまだ包装紙に包んだまま袋に入っているが、オーガンジーのレースもあった。これも輸入物。あとはスカート部分を広げるために使う張りのあるチュールレース。
 やらなくちゃいけないことはまだ山積みやった。
 こんな材料で何を作るんかといえば、当然のごとく、ウェディングドレスや。
 最終学年、それぞれの専攻でスペシャリスト科に進んだオレたちは卒業時にファッションショーを執り行う。

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