book≪掌編≫

□ハルモニア ‐Reason‐
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どんなに手を伸ばしても触れることは出来ない。
向こうとこちら側。

ボクと彼の間には壁があった。

それは決して越えることの出来ない、二人の世界を隔てるものだ。

出来ることといえば、こうして彼の姿を追い、しぐさの一つ一つを目に焼き付けるように見つめるだけ。
思いのたけを込めて。

でも彼だけを見つめていたいのに、彼の横にはもう一人のボクがいた。

ボクは自分を自覚するのと同時に、ずっともう一人のボクを見てきた。
光と影が存在するように、もう一人のボクとボクは存在する。
それは変えることのできない理(ことわり)。

そんなボクが彼の存在を意識したのはいつだったろう。

日に焼けた顔。
笑うと弧を描くように細くなる目と、その右目の下にある小さな泣きぼくろが印象的だった。

彼が微笑む。
彼が話しかける。
彼が触れる。

それはもう一人のボクに向けられたものだったけれど。

それでも構わない。
ボクは彼が好き。





ある日、いつものようにボクは彼を見ていた。
だけど何か様子が違っていた。

普段の彼のイメージからは程遠い切なげな顔。

背を向けていたもう一人のボクに手を伸ばす。
触れる寸前で指を握りこみ、もどかしそうに唇を噛んだ。

ボクは気付いた。
彼はもう一人のボクに恋していたのだ。
でも、もう一人のボクは彼の思いに気付いていない。

いつものように、それはいっそ残酷なほど。
笑いかけ、話し、彼に触れる。
そして彼はまた困った顔をして、もう一人のボクを見るんだ。

イヤだよ。
代わってよ。

彼と同じ思いで返せないなら、ボクと代わって。
ボクなら彼の思いに応えられる。
彼の望むことをしてあげられるんだ。

ボクは、彼と同じ世界に行きたい――。


 

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