白鳥短編

□女装ノ姫君
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或るところに小人と小屋で暮らすお姫様が居ました。
彼女は白雪姫(ブランシュ)と云いました。
今、小屋には誰も居ません。

女装ノ姫君
白鳥サクラ

「兄様ー!」
聞き慣れた高い声が俺を呼んだ。
声と共に廊下を走る音がする。
「何だい、ヘルダ?」
俺は振り返り、返事をした。
走って来た弟は、嬉しそうにはしゃぎながら言った。
「アンリが御本を読んで呉れるって。兄様も行こう?」
そう言いながら手を引っ張ってくる。
「駄目だよ。僕は此れからユノと狩りに行くんだ。」
「もうっ良いから良いから!」
ぐいっと腕を引っ張り連れて俺を行こうとする。
名残惜しく後ろを見ると、従者であるユノは笑顔で手を振った。
ふっと笑みが零れた。
全ての切欠の日だとも知らずに・・

俺の名前はハイドと言った。
森の奥に聳え立つ城の王子に値する。
そして、俺の手を引いたのは弟のヘルダ。
俺と比べると大人しいところが有るが、弟も立派な王子だった。

「そして白雪姫は、王子様と一生幸せに暮らしました。」
教育係のアンリの話が終わると、ヘルだは眼を輝かせた。
「じゃあ、兄様にもいつかお姫様が来るの?」
「そうですよ、ハイド様にも、ヘルダ様にも・・」
「じゃあ、僕、兄様のお姫様になる!」
彼は無邪気に言った。
「そうですね。ではヘルダ様、其の為にはまずは美しくなりましょう。」
「美しく・・?」
其の時は冗談だった。
其れはきっとアンリも俺も。
しかし、ヘルダは本気だった。
其れは、歳を取るにつれて少しずつ悪化した。

髪を伸ばし、無理なダイエットで身体を細くして、女性用の下着やコルセットで形を整えた。
「此処には青い薔薇を着付けるのが良いんじゃないかしら?大きさは此の前使ったものが良いと思うの。」
好みも女の様になり、発注したドレスや髪飾りを着飾る。
元々の高い声で、女の様な言葉を使えば、其処には美しい女性が居た。
「兄様!どう?此のドレス!お父様が下さったの。」
ピンク色のドレスを着てくるっと回ってみせる。

父上はヘルダを酷く気に入った。
元々第二王子と云う事、第一王子の俺が跡継ぎとしての意識を持って居た事も有っただろう。
息子としてではなく、娘として見て居た。
もしくは、其れ以上。
そして、其れは俺もだった。

俺とヘルダは完全に恋人関係になった。
夜は隠し扉を通ってヘルダが俺の部屋へ来る。
最初は同情のつもりでも有ったが、自分も本気だった事に気付いた。
しかし、ヘルダへの愛情は所詮、国王への意欲には劣った。

やがて、俺とヘルダの関係は父と母にバレた。
父はショックを受けて気を病んだ。
自分が一番だとでも思い込んで居たのだろう。
母は其の父の姿を、そして、前から疎み嫌って居た者に有力な息子迄奪われたと怒り散らした。
「お前が全てを狂わせた!出て行ってお仕舞い!」

「此の色恋狂いの妄想家!」

勿論俺は悲しんだし、ヘルダを庇った。
ヘルダも嫌がったし、何より俺と離れたがらなかった。
しかし、母は父と違い此処ぞとばかりに野心を発揮し始めた。
「ハイド、御前迄何を言って居るの?我等王家がこんなに腐ったのは誰の所為?民はどうなるの?」

確かにそうだった。
ヘルダは美しかったが、民には嫌われて居た。
あれだけ立派だった父も今は無能。
誰の所為かと言われたら、一人しか居無かった。
確かな感情が俺の中に溢れた。

「ねぇ、此れは一石二鳥よ。ハイド?」

俺はヘルダを追放した。
ヘルダは母の陰謀で、国王を狂わせた悪魔として扱われた。
母は相変わらずしっかりして居た。
其の結果、一時不評だった王家の評判も良くなり、俺は有力な次期王座を継ぐ者となった。

国を愛そう。
それは実現して、民も俺を愛した。
「ハイド様が居れば国は暫く安泰だ。」
誰もがそう思った。
しかし、楽園は長く続かなかった。

そして来たるべき流血の日。
俺には直ぐ察しが付いた。
民に愛された此の国で城を憎む者等、1人しか居ない。

復讐だ。
俺はもう君を愛しては居ない。
最初はそう思って居た。
けれど、
「逢いたかった。」
そう言った君はやはり美しくて、押し殺した感情が蘇りそうだった。


まず食したのは此の小屋に居たお婆さん。
お婆さんは此の小屋で捨て子や家出子を慈愛で育てる優しい人だった。
そして、行く先の無い私も、事情を知りながら匿って呉れた。
恩人だった。
だけれど、お婆さんは邪魔だったの。
童話にはお婆さんなんて出てこないもの。
小人と暮らすのは、白雪姫(私)よ。

初めて人を殺して、不安になった。
そう、私は王子なのに戦に出た事も狩りをした事も無かったのね。
「ねぇ、お婆さんは?」
そう云う子供達の顔を見ると責められて居る気持ちになった。
私は一生懸命言った。

「お婆さんなんて、居ないじゃない。」

知能の低い大概の子は信じて呉れた。
しつこくて五月蝿い子は食べた。
空腹だったから。
私は食べ物が何処に有るかだなんて知らないもの。

そして貴方に逢えない事が不安になった。
お母様は中々私を迎えに来て呉れ無かった。
殺しに来て呉れ無かったの。
何て使えないお母様。
又、私とお兄様の邪魔をするのね。

思い付いた名案を、実行した。

お母様の部屋で、お母様とお父様を殺した。
お父様は生かして置けば役に立つかな?と思ったけれど、鬱陶しそうだったから止めた。

部屋で鏡を見付けた。
私は、其れが何かを知って居た。
其の鏡を見て居たから、お母様はあんなに醜い癖に自信が有った。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは誰?」
鏡は思い通りの返事をする。
気に入った。
私は其の鏡を頂いた。

不安になった時は鏡を見た。
鏡の中には元気な子供達と、幸せに暮らす白雪姫。
もう直ぐ王子様が来るわ。
だから、もう少しの辛抱ね。

貴方に逢って王子と姫としての時間を過ごせて、私は本当に幸せだった。
もし血縁関係が無かったら、私達きっと斯う成って居た筈なのよ。
生まれて来る場所を間違えたの。
次に生まれ変わる時はきっと血も流さず愛し合えるわ。
だから、貴方の口付けで起してね。

差し出されたのは毒林檎。
貴方は全てを悟ったのね。
だって、お姫様は此れを食べて眠るんだもの。
そう、眠るだけ・・
少し苦しいかも知れない。
でも、本物のお姫様になったら、貴方は私を愛して呉れるでしょう?
同性でも、近親相姦でも無い。
私の罪を許して・・

妄想(夢)から目覚めた私の眼に映った鏡は、何も映さない。
最後に見た時、視界は血に染まって居た。
貴方の顔が少し見えた。
笑っても居ないし泣いても居ない。
大丈夫、私は直ぐに笑顔にして上げる。

さようなら、ハイド兄様。


暫く鏡の前に居た。
眼を綴じ、深く考えて居た。
ヘルダを殺して少し後悔が有った。
復讐を成し遂げたところで、城の者は戻って来ない。
ならば2人で幸せに暮らした方が良かったのでは?
取り返しの付かない虚無感に襲われた。

口付けようかも考えた。
しかし、止めた。
きっと目覚める事は無い。
其れは、君がお姫様に成れなかった事を意味する様で恐ろしかった。
万が一目覚めても、俺は又君を殺すだろう。

眼を開けると、其処にはヘルダが居た。
美しく微笑んで、俺に囁き掛ける。
あぁ、やっと逢えたね。
周りには、父や母、ユノは勿論、城の者が沢山居る。
一番望んだ、一番幸せな世界。

カシャン

細くて綺麗な音がした。
俺は思わず笑みを漏らしながら小屋を後にした。
割れた鏡だけを残して。
抱いた身体は軽過ぎた。

「俺は妄想になど、溺れ無い。」

足取りは城へ。
ユノに最後の葬式の準備をさせようと思う。
其れはとても盛大に行わなければならない。
何故なら童話のお姫様の葬式なのだから。


*アトガキ
今日は白鳥です、白雪姫異形版終結しました、お疲れ様!
初期設定としては、ヘルダ君は女の子でした(名前の候補はアンジェリカ←)前にも述べた通り、白雪姫というのは元々グリムが残酷な童話として書いていますし、色んな方が手を加えられて素敵に歪んだお話だと思います、だから、正直其れに勝る(別に勝負じゃないけど、)お話はあたしなんかには書け無いな、と思いずっと避けて居ました、でも、だったら自分の書きたいように自分の好きなものを沢山含んで書けば良いじゃない!と開き直った結果です、(いつもそうだけど、)勿論実際出来たのも他の、ましてグリムのものの足元にも及びません、それでは、少しでも多くの人の楽しみに、なって居れば良いな、と思います、前作から沢山の時間が空いてしまって申し訳なさてんこ盛りです笑
其れでは、読んで下さった貴方様に感謝を込めて、

白鳥サクラ 110728


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