幕恋hours short
□薩摩隼人
2ページ/7ページ
今日は薩摩藩邸で会合だというので、てっきり留守番だと思っていたら朝餉の席で龍馬さんがわたしも誘ってくれた。
「いいんですか?」
「もちろんじゃ。今日はそれほど重要な話はないきに、会合の後みなで薩摩から来た菓子でも食おうと半次郎さんからも伝言があっての」
「え?ほんとですか?」
お菓子、と聞いて甘党のわたしの顔つきが変わったのを見て、龍馬さんが破顔した。
「ははは!まっこと深雪は可愛いのう!なにやら『かるかん』とかいう菓子じゃち言うとった」
「かるかん・・・聞いた事あります!食べたことはないけど」
「ほお、深雪は知っちょったか。じゃあ楽しみじゃの」
いつものようにばらばらに分かれて薩摩藩邸に向かう。わたしは龍馬さんと一緒になるべく目立たないように道の端を歩く。
もうさすがに制服は着ないものの、着物の裾捌きや草履での歩き方がちょっと違うらしくて、うっかり地のまま振舞っているとなんとなく浮いちゃうみたい。
緊張しているわたしとは逆に、龍馬さんは平気な顔で歩いている。でもこの間慎ちゃんに聞いたら、龍馬さんを狙っているのは幕府だけじゃないらしい。他の藩どころか故郷である土佐藩すらも、何かしら理由をつけて龍馬さんを拘束しようとしているみたいだ。
張り付くように軒下を歩くわたしを見て、龍馬さんが不思議そうな顔で声をかけてきた。
「深雪、なんでそんなに端っこばかり歩いとるんじゃ」
「えっ・・・?だって、新撰組とかに見つかったら大変じゃないですか」
それを聞いた龍馬さんはにこっと笑ってわたしに近寄ると、頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「だーいじょうぶじゃ、いざとなったらワシが守ってやるきに」
「違いますよ、危ないのは龍馬さんでしょう?」
「伊達に何年も逃げ回っておらんぜよ。まあそんなに緊張せんでも大丈夫じゃ」
「そ、そんなもんですか?」
「ほうじゃほうじゃ、堂々としちょったほうが意外に見つからんもんじゃ」
龍馬さんにそう言われると、なんだか安心する。確かに龍馬さんのたたずまいは罪人である脱藩浪士にはちょっと見えないし、きっと龍馬さんの、耳に優しい土佐弁もそうさせるのかもしれない。
やっと納得したわたしは、さっきとは打って変わった軽い足取りで龍馬さんと歩き出した。
そんなわたしを見て、龍馬さんは悪戯っぽく笑って不意に手を差し出した。
「?」
「迷子になってはいかんきに、こうしていくがじゃ」
返事を返す間もなくきゅっと手を握られる。大きくて温かい掌に包まれると、さっきの緊張もすべて解けていくようで、ちょっと恥ずかしかったけどそのまま歩いて行くことにした。