幕恋hours short
□乙夜騒動
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「大体、なんでこの部屋の障子が開いとったんじゃ。閉め切っていれば問題ないがよ」
「・・・それは、わからん。中岡が気付いたときにはもうこの位開いていて、ここを通る者に見られていたらしい」
以蔵は苦々しくそう言った。
既に宿に逗留している者に見られたとなると、龍馬も心穏やかではなく、かすかに険しい顔で考え込んでしまった。
「まあ、これだけ出入りの多い船宿じゃき、誰も通るなとは言えんか・・・」
しかし、あの寝姿はまずい。
あれではいつ、不逞の輩に襲われるかもしれない。
「まったく、しょうないのう」
起こして着替えさせるか、と龍馬は障子に手をかけた。
「僕が、ここで見張っていよう」
「え・・・!?先生が、ですか?」
武市の言葉に以蔵は驚愕した。天下にその名を知らしめる武市半平太が、女子の部屋の番をするなど以蔵には天地がひっくり返ってもありえない話だった。
「いけません、先生!」
「しかし、彼女を起こすのは可哀想だ。かといってこのまま放ってはおけまい」
武市は当然と言った顔で二人を見た。
「武市・・・・おまん、深雪の寝姿、もっと見ちょりたいんじゃろ」
「な・・・・!!」
途端に武市の顔が朱に染まり、刀の柄に手がかかった。
龍馬はくつくつと笑ってその手を制す。
「しかし、それは困るんじゃ。確かに可哀想じゃが起こすしかないろう?」
「だが・・・!」
武市が尚も食い下がるのを以蔵は目を丸くしてみていたが、はっと我に返るといきなり障子を開けて、ずかずかと部屋に入って行った。
「おい、起きろ!!」
「んーーー・・・・・」
乱暴に揺さぶると、深雪は薄く目を開き、ぼうっとした顔で起き上がった。
「な・・・なんですか、皆して。何かあったんですか?」
不安そうに三人を見上げる表情は寝起きの気だるさも手伝って、普段の姿からは見られない婀娜っぽさが漂う。
「深雪は寝起きも可愛いのう。しかし、まずは着替えてくれんか」
龍馬はおどかさないように務めて穏やかにそう告げた。
「着替える?」
「その格好は・・・ちっくと刺激が強すぎてな。いらぬ揉め事が起こってからじゃ遅いんでな」
「体育着、が?まずいんですか?」
深雪は不思議そうに龍馬に尋ねた。
「深雪、おんし部屋の入り口を開けて寝ちょったんか?」
いきなり尋ねられて驚いたようだったが、深雪はすぐに首を振った。
「いいえ。ちゃんと閉めて寝ましたけど」
「・・・それがどうやら、誰か知らんが開けて行ったらしくての。そんなに肌を出した格好じゃ危のうていかんのじゃ」
「え!?」
その時、かり、と障子の向こうからかすかな物音がした。
以蔵が鯉口を切ってそちらを睨むと、寺田屋の磨き込まれた障子戸が滑るように開いた。
「にゃあん」
「・・・・・・ね、こ?」
それは、寺田屋で飼われている三毛猫だった。するりと入ってくると、深雪の傍に寄ってきて、ぴたりとくっついた。
「あ、この子最近よく部屋に入ってくるんですよ!多分さっき開いてたっていうのも、この子かも・・・」
「ほうか。いや、誰ぞ不埒な奴でも入り込んだかとみな心配しとったんじゃき」
「あ・・・そうだったんですか」
深雪はやっと納得したように三人を見て、頭を下げた。
「ご心配かけて、すみません」