幕恋hours short

□夕涼み
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町を行き交う人たちが、驚いた表情で私たちを見ている。

龍馬さんに抱かれて川べりまで逃げてきたのはいいけど、とにかく恥ずかしくて私はずっと龍馬さんの胸元に顔を埋めていた。


「深雪、もう大丈夫じゃ」

「・・・龍馬さん、こんなに目立っちゃだめでしょう」

お尋ね者なのに・・・と心配になって私はあたりを見回した。新撰組にでも見つかったら大変だ。

「大丈夫じゃ。今日はこの辺の巡回はないきに」

「油断大敵です!」

私が諫めると、龍馬さんはきょろ、とあたりを眺め、にこっと笑った。

「よし、わかった」

龍馬さんが私を連れて行ったのは、川沿いの大木の蔭だった。幹が太いので、その根元に腰掛けると往来からはまず見えない。
幹にもたれて川面に足をぶらりと下ろし二人で座る。

7、8メートルほど先の対岸は木の生い茂った崖で、向こうからも見つかる心配はなさそう。

木陰を渡る風は、川に冷やされていくらか涼しく、私はほっと息をついた。

「気持ち、いい・・・」

「特等席じゃろ」

得意げに言う龍馬さんに、くすりと笑う。
そんな私を見て、龍馬さんは目を細めた。

「・・・まったく、窮屈な世じゃなあ。ワシは深雪の手が可愛らしいと思うから握るし、一緒に歩きたいから肩を並べて歩こう思うんじゃが、中岡もまだまだ頭が堅い」

「でもいつか、そんな日がきますよ」

「ほうかのう」


それが、龍馬さん達が作るこれからの日本なんだよね。まあ、現代までまた紆余曲折あるんだけど。

そんなことを考えていたら、急に私の手は暖かいぬくもりに包まれた。

「あ・・・・」

龍馬さんが、膝に乗った私の手に自分の手を重ねていた。
「深雪・・・」

耳元に、私の大好きな柔らかい声が降ってくる。

「我儘を言うようじゃが・・・ワシは今、ずーっとこのままでいたい心持じゃ」

ふっと、後ろから手が伸びて、私の頭は龍馬さんの胸にもたれるように抱き寄せられた。

いつもなら慌てて離れるけど、誰も見ていないと思うとなんだか安心して、そのまま目を閉じた。

「龍馬さん」

「ん」

「私も、ずうっとこのままでいたい」


時代の波に流されて、一介の武士でいればこんなに危険な毎日を送らずに済むのに。そしてそんな龍馬さんとふたりで暮らしていけたら。

毎日、寺田屋の人々が無事に帰ってくるまで気が気じゃない日常に、私は少し疲れていたのかもしれない。
いつも笑って出迎えてるけど、本当は泣きそうなくらい心配なのに。

でも、志を持って生きている龍馬さんは決して安穏とした人生は選ばないだろうし、もうそれを選ぶことも不可能だろう。



だから、いまのこの時を大切にしたい。



「・・・しかし、あんまり遅うなると慎太郎にどやされそうじゃな」

笑いを含んだ声に、思わず私もくすくす笑ってしまう。

「そうですねえ」

「ええ夕涼みじゃったが、帰るとするか」


うん、と頷く私をひょいと腕を取って立ち上がらせてくれた龍馬さんは、満足そうに顔中を笑顔にした。

空が薄紫に染め上げられていくのを眺めながら、私達はゆっくりと帰路についた。





2010.7.12


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