幕恋hours short
□帰らない
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「小娘、お前は・・・竹取の翁の話を知っているか」
「えっ?」
「知らんのか」
「あの・・・かぐや姫の話、ですか?」
大久保は頷く。突然何を言い出すのかと意味を図りかねて、深雪はじっと大久保を見た。
「・・・あの物語の姫は、満月が近づくと月に帰りたいと泣いたそうだ」
そう呟いて、大久保は空に向かって杯を掲げた。深雪もつられて夜空を見上げると、少しだけいびつな月が煌々と地上を照らしている。
「・・・お前も、泣いているのか」
「え・・・?」
「私のもとにいることで、お前の寂しさは埋められないのか」
深雪は言葉を失う。
帰りなさい、帰してやる。
みんなそう言って励ましてくれていたというのに、このひとはなぜ?
初めて会ったときは、ただただ失礼で居丈高な人だと思った。だからいけないことと判っていたけれど、怒りに任せて怒鳴りつけてしまったこともあった。
どこで会っても名前すら呼んでくれず、からかってばかりでまともに話もできない。
どこまで本気で、どこまで冗談かもわからない。
そんなひどいひとなのに・・・どうしてこんんなに胸が騒いでしまうんだろう。
深雪は、初めて覚えた感情に戸惑いを隠せなかった。