幕恋hours short
□曇りのち晴れ
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桂小五郎篇
「深雪!?どうしたんだ?」
長州藩邸に着くなり、さっそく高杉さんに捕まってしまった。
いつもの強引さで、私を部屋へ連れて行こうとするのを桂さんはやんわりと止めた。
「晋作、深雪さんは今日から三日ほどこの長州藩邸で預かることになったんだ」
「そうか!!じゃあ心置きなく遊べるな!」
満面の笑みで笑う高杉さんへ、桂さんはたしなめるように言葉を継いだ。
「今回は坂本君からくれぐれも頼むと彼女を預かったんだ。お前の遊び相手に来た訳じゃないんだよ」
「なんでだ!?せっかく時間を気にせずにいられると思ったのに。興醒めな事言うなよ」
ぷうっと膨れる高杉さん。ほんとにこの長州藩邸の主人なのかと思っちゃう。
たぶんこうなることは予測していたけど、こんなに桂さんがブロックしてくれるとは意外で、思わず隣の桂さんを見上げる。
と、桂さんも気付いたのか私を見てにこりと微笑んだ。
「それにね、晋作。実は長州派公卿達からお召しがあって、明日から少し工作の為に出仕して貰わなくちゃならない。これはお前にしか出来ないことだというのは、わかるな」
「・・・・・わかってるよ」
「だから、深雪さんに遊んで貰うのは、それが成功したら、ってことだ」
「あーもう!!わかったよ!」
高杉さんは真面目な顔で叫ぶと、音高く廊下を踏み鳴らして行ってしまった。
「さ、お部屋に案内しましょう」
桂さんは何事もなかったかのように涼しい顔で私に言った。
「あの・・・高杉さん、大丈夫なんですか?」
そっと尋ねると、おや、という顔でこちらを見た。
「ああ言えば晋作も必死で仕事に取り組むでしょう。深雪さんには申し訳ないが、どうか協力してもらえないかな」
「そうなんですか?」
「そうですよ」
うーん、いまひとつよくわからないけど、桂さんが言うなら間違いないんだろうな。
「こちらが滞在中過ごしてもらう部屋です。足りないものがあったら遠慮なく言って下さい」
通されたお部屋は広くて明るくて、とても居心地のよさそうな部屋だった。
寺田屋の雑多で賑やかな雰囲気も大好きだけど、たまにはこんなゆったりした部屋もいいかも。
「わあ・・・ありがとうございます」
なんだか嬉しくって、桂さんを振り返ってにこにこしてしまう。
「・・・そんな顔を見せられると、つい何でもしてあげたくなりますね。坂本君の気持ちがわかるような気がする」
「えっ?」
「いえ、独り言です。隣は私の部屋ですから、何かあればおいでなさい」
「と、隣?」
そんな大事な事さらっと言わないで・・・!!
まさかこの部屋がそんな場所にあるとは思わなかった私はびっくりして桂さんを見た。
「つまり、屋敷内で比較的安全な場所と言うことです」
「あ・・・」
そんなに気を遣ってくれたのかと思うと、桂さんや藩邸の人たちの気持ちが嬉しく、そして龍馬さんとの信頼関係に改めて頭が下がる思いだった。
こうして、私の長州藩邸での三日間が始まった。