novel
□Resistance!
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部屋に戻ったわしは仕方なく、放り出していた仕事でもしようかと机の前に座り込んだ。
一応、手は動かしてはみるが、どうも頭が違う方を向いてしまい、すぐに止まる。
先刻の深雪の様子を思い出しては、何か気に障る事をしたかどうか思考を巡らせる。しかし、一向に思い当たる節も見当たらず、眉間に皺を寄せ、ため息を吐く。
筆を置いてそのまま後ろに体を倒して、寝転がった。
「…いきなり抱き締めるのが…ほがーにいかんがかぇ…」
天井を見上げて呟いて、目を瞑る。
それから、どのくらい経ったのか、急に横腹に痛みを感じて飛び起きた。
「いだぁっ!!」
腹を押さえて顔を上げると、以蔵がわしを見下ろしていた。
「い、以蔵……おまん、人を足蹴に……!」
「いくら呼んでも起きんからだ…」
「だからとゆうて、蹴るやつがおるか!」
身体をしっかりと起こし、胡坐をかいて以蔵を睨んだ。
「…で、なんじゃ?」
「……声をかけてもおまえが一向に返事をしないから、いじけてる奴が居る…」
以蔵はわしを見おろしたまま、そう言って顔だけを襖の方へ動かす。
「は?」
それに促されて、そちらをみると、少しだけ開いた襖から深雪がちょこんと半分だけ顔を出した。
「深雪…」
深雪は無言のまま目を伏せる。
「よかったな、寝てただけだ」
目を伏せた深雪に呆れたように言う以蔵の顔を見ると、視線をわしに戻してため息を吐く。
「…返事がないから、おまえが怒ってるんじゃないかと、そこでずっとうじうじうろうろしてたんだ」
「え…?」
「いっ、以蔵!」
深雪は顔を赤くしてこっちを見るが、わしと視線が合うと、すぐに俯いてしまった。
「…俺は行くぞ。後は勝手にしてくれ」
以蔵はまたため息を吐くと、襖をがらっと開けて深雪の脇をすり抜け、去って行った。
深雪は、俯いて部屋の外に立ったままだ。
手に、茶と菓子が乗った盆を持っている。
ー深雪は…怒っちゃせんがか…?
どうも、先程とは様子が違う深雪を見つめて、少し首を傾げる。
深雪は、俯いたまま口を開いた。
「………あの…、入っても…良いですか?」
「あぁ、えいよ?」
おずおずと訊ねる深雪に笑って答えると、安堵の表情を浮かべ、ようやく部屋に入ってきた。
静かに襖を閉めてから、少しずつわしに近づくが、わしの目の前に来ても、深雪は目を伏せて口を結んだままだ。
「…深雪?」
静かに名を呼ぶと、少しびくっと肩を動かして、わしに視線を合わせる。
「…さっきは……ごめんなさい!」
そして、謝りながら頭を下げた。
「…?は?な、何を謝っちゅう…」
「…だって、さっき、龍馬さんに…バカ!とか…言っちゃって…」
しゅんと、頭を下げたまま、怖々と話す。
「…あぁ!そうじゃったな…!」
一瞬、わしは何の事かわからずに首を傾げたが、先刻、叫びながら去って行った深雪の姿を思い出して、少し苦笑いする。
深雪は、申し訳なさそうに、眉を下げたままの顔を上げた。
「…怒って…ないんですか?」
「怒るも何も、すっかり忘れちょったが…」
「えぇっ!?」
わしは、驚いて丸くなった深雪の目を見て頬を弛めるが、すぐに元に戻して、深雪の目をじっと見つめて訊く。
「それより……深雪の方こそ、怒っちょったがやないがか?」
「え…?わ、私は…怒ってないですよ…」
「それなら、なきあがな風に…逃げたりしたが?」
「そ……それは…」
見つめていた深雪の目が少し下を向き、顔が少しずつ赤くなる。
そしてそのままどんどん顔も下がって行き、また口を噤んでしまった。