幕恋男子部
□龍の寝床
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同盟成立から数日の後。
薩摩藩家老、小松帯刀より酒宴の提案が出た時、今思えばやはり反対すべきだった。
長州はもちろん、尽力してくれた土州の連中をねぎらいたいという言葉に一瞬眉をひそめたが、外の料亭を使うということと自分自身寺田屋の連中には表には出さないものの内心感謝していたというのもあり、渋々頷いてしまった。
「良かったよ。大久保さんは反対すると思っていたからね」
「・・・・御家老の提案、私ごときがどうこうできるようなものではないでしょう。まあ、お気持ちもわかります」
にこにこと笑う若い家老の顔を見ていると、時期早尚とは言いづらくなる。
そうと決まれば、早速それぞれの藩に文をしたため日取りが決まった。
主催としては信頼できる場所の手配、当日の差配など手を抜けない事柄も多く、私も忙しく当日の夕刻を迎えた。
いつも片腕のように動いてくれる半次郎は今、間諜として遠国に出向いて不在だ。つい“半次郎”と呼び立てたくなるのを口を押さえてしまいこむような日々が続いていた。
それも、歯車の狂い始めだったのだろうか。
「大久保さん、まあ呑めよ!」
長州の高杉は今日も上機嫌だ。尤も機嫌が悪くとも顔に出すような男ではないが。
隣の桂は隙のない様子で杯を手にしているが、それほど進んでいる様子はない。幾多の危機をかいくぐってきただけあって用心深い男だ。いつなにがあっても高杉を護れるよう気を配っているのだろう。この男も苦労性だ、と横目で見ながら思わず苦笑する。
寺田屋の面々は、坂本をはじめ薩摩のために力を尽くした中岡、水面下で動いた武市、岡田などが顔を連ねている。
あれほどいがみ合い、憎み合っていた藩同志がよくも手を結んだ、と思うと藩論をまとめた当事者よりも、それを思いついた坂本の発想に今さらながら驚く。
奴のあたまの中は一体どんなつくりになっているのか・・・・と高杉の酒を受けながら、じっと坂本を見やった。
相変わらず大口を開けて屈託なく笑う姿に、ふと一抹の寂寥感を覚える。
心をよぎったのは、多分この先、この男と自分の人生に接点はないだろうという不確かな予感だった。