幕恋男子部
□霍乱
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一日だけ、と半次郎に念押しをして休息をとったが、ここのところひどく忙しかったせいか、翌日もどうにも熱が下がらない。
そもそも忙しさの原因だが、最近国許の西郷が活発に動き回っている事を幕府や会津藩がひどく警戒している。それを方々宥めて回っていた為だろう。気づかぬうちに身体も精神も疲弊していたらしい。
迂闊に動いては薩摩の分が悪くなる。しかしできるだけ旧友の援護もしてやりたい。
それは西郷を師と仰ぐ半次郎もよくわかっていた。だからつい、自分の体調不良も見逃したのだろう。
「・・・・つまらん奴だ」
ぼそりと呟く。
その焦れたような感情がどこから生まれてくるのかを追求するのは、いまだ下がる気配のない熱のせいにして早々に諦めることにした。
木の芽時だからなのか。ここ数日どうにも気持ちが定まらない。半次郎が西郷をどれほど慕っていようが、私には関係のないことだ。幾度も自分に言い聞かせた言葉が、さらに己を惑わせる。
「・・・ほんとうに、つまらん奴だ」
八つ当たりのように再び呟くと、襖越しに遠慮がちな声が聞こえた。
「大久保さま、お食事をお持ちしました」
藩邸の女中の声だ。昨日からこの部屋を訪れる者は半次郎以外なかったので少々驚いた。
入れ、と答えると女中は粥の小鍋と香の物が乗った盆を持って入ってきた。
「半次郎は、どうした?」
「中村さまは、大久保さまの名代で伏見の藩邸にお出かけでございます」
そう聞いて、ああ、と合点がいく。今日はここしばらくのごたごたの経過を報告に行くつもりだった。
ふむ、と頷いて女中を見る。初めて見る顔だ。私が気難しいと聞いているのだろう、緊張した顔で控えている。
「給仕はいらん。下がっていい」
女中は、ほっとした顔でそそくさと戻って行った。
無性に、半次郎の泥臭い言葉が聞きたくなった。