幕恋男子部

□月と藤
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春も長けた頃とは言え、まだ夜は寒い。月明かりはあるものの、雲間に隠れることも多く薄明かりの闇の中、半次郎は私の少し前を、足元を明かりで照らすように気を遣いながら歩いている。

薩摩藩邸まで、あと一丁ばかり、と言う頃、行く手に黒い影が二、三個吐き出されるように姿を現した。




「・・・・・半次郎」


「わかっておいもす」



半次郎は、提灯を高く持ち、声を張り上げた。

「そこもとども、何用じゃ」


提灯を見せたのは、島津のしるしを見せるためだ。佐幕派の暴漢ならば、無駄な衝突を避けることができるかもしれない。

傍にいる半次郎の身体は俄かに殺気をまとい、あたりは緊張感に包まれた。いつもはのんびりと穏やかな半次郎の顔が、別人のように引き締まり、その目には昏い影が宿る。



しかしその影はまったく躊躇を見せず、半次郎の声にいきなり抜刀してこちらに殺到した。


「こん・・・馬鹿がっ」


声と同時に半次郎が相手を抜き打ちに斬り捨てたのがわかった。居合いの速さでは類を見ない男だ。鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音とともに、跳ね飛ばされた刀が鈍い光を放った。いやな音だ。思わず眉をひそめる。

半次郎が吹き消した提灯を投げ捨てたので、まったくの暗闇だがすぐ傍に半次郎の気配を感じる。ひとり目の初太刀を難なく捌いた半次郎が、すぐに油断なく私の周りを警戒している。


「おはんら・・・薩摩のものと知っての狼藉か!」

怒気を込めて半次郎が叫ぶと、押し殺したような声が返ってきた。


「薩摩の・・・大久保だな」


確信犯か。

私がため息をつくのと、半次郎の大柄な身体が跳んだのはほぼ同時だった。



声もなく2つの影が地に落ちたのと、半次郎の鍔鳴りが響いたのはどちらが先かわからなかった。











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