幕恋男子部
□ささくれ
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その夜。
藩邸では西郷一行をねぎらう宴が催された。上座に座る家老と西郷の脇に、半次郎が控えている。家中では一種神がかった人気の西郷は、我先にと酒を注ぎに来る藩士たちを穏やかな笑みで眺めてている。
私は敢えて上座を遠慮して、不自然ではない程度の下座に腰を据えた。
今回の上京の目的である、西郷と公卿たちの間に会談の席を整えたことで仕事のあらかたは終わったようなものだ。段取りも書簡のやり取りで綿密に打ち合わせた。半次郎にも幾度も密書を公家たちの元へ届けさせた。
ならばせめて、あれほど西郷を慕っている半次郎に少しは時間をやりたい。
普段、裏表なく仕える半次郎に少しは報いてやりたかった。そんな柄にもない思いが自分でも面映ゆく、つい離れた席についてしまった。
時折、振り返っては西郷が半次郎に話しかける。奴はまるで犬ころのように無邪気な笑顔でそれを嬉しそうに聞いている。国許にいた頃は、きっといつもそのようにしていたのだろう。そう思うとなぜかちくりと胸が痛んだ。
私の、悪い癖なのかもしれない。
こうあるべきだ、という正しい判断はすぐに下せるのに、理性と感情がうまくかみ合わないことがままある。
なるべくそれを表に出さぬようにと普段から感情を顕さず、それを気難しいと思われても否定はしなかった。
莫迦騒ぎしている藩士たちも、実は私の顔色を見ながら騒いでいることもわかっている。こんな時は羽目を外したいのだろう、ときりのいいところで私はいつもの様に杯を置いた。
「おお、大久保さあ、戻られますか!」
「ああ、これ以上は煩くて敵わん。皆にあまり飲みすぎるなと言っておけ」
待ちかねたように声をかけてきた赤い顔の藩士にそう告げると、西郷の目に入らぬように私は席を立った。