幕恋hours short
□ほろ酔い悪酔い
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「だから、問題は誰が飲ませたんかっちゅうことじゃ」
「しかし勧めたっていつもは飲まないだろう」
「オレが気付いた時にはもうあんなになってたっスよ」
「水でもかければいいんじゃないか」
「以蔵!」
龍馬は怖い顔で以蔵をたしなめた。
そしてその視線の先には、桃色に染まった頬で杯を傾ける深雪の姿があった。
今日はちょっとした祝い事があり、夕餉の膳に酒がついた。
土佐者は酒に強い。武市は下戸なので口をつける程度だったが、他の三人はいける口なので、たちまち徳利が幾本も並んだ。
深雪は普段、そういった席でも決して酒を飲むことは無かった。
しかし今日、寺田屋の面々がふと気づいた時、深雪は据わった目つきですっかり酔いがまわった様子になっていたのだ。
「あー、もうない!すみませーん、お代わりっ!!」
「深雪、もうそろそろお開きにしようかの」
龍馬が恐る恐る声をかけると、深雪は甘えるように口を尖らせた。
「もっと飲みたいんです・・・ダメですか?」
その可愛らしい表情に、思わずお代わりを取りに行きそうになる龍馬を中岡が制した。
「姉さん、あんまり飲むと身体に毒っスよ。さ、もう寝ましょう」
慎太郎がにっこり笑って手を差し出すと、深雪は素直にその手をきゅっと掴んだ。
「慎ちゃあん・・・」
上目遣いに舌足らずな声で慎太郎を見つめる。普段絶対見ることのない媚態に、今度は居合わせた全員が息を飲んだ。
良く見ると着物の襟元も弛みかかり、脚を崩した裾からちらりと白い脛も覗いている。
絶妙な角度から見下ろしてしまった慎太郎は深雪の手を取ったまま固まり、動けなくなってしまった。
「・・・いけない!!」
「うわっ、なんじゃいきなり!」
叫んだのは武市だった。まるで茹蛸のように赤くなって、慌てて深雪の着物を直そうと慎太郎を突き飛ばした。
「ちょ・・武市さん?」
「深雪さん!!女子がそんなはしたない姿をしていては駄目です!」
「やんっ!武市さんいやらしい!」
今度は武市が固まってしまった。
「お前、武市先生になんてこと言うんだ!」
「だって、ほんとの事だもん」
以蔵が血相を変えて詰め寄ると、深雪はつんとそっぽを向く。
「ほうじゃ、武市は着物を直そうとしただけぜよ、なんちゃしとらんが」
龍馬もなだめるように言うと、深雪はぷうっと頬をふくらませた。
「直して貰わなくってもいいですよーだ。こんな窮屈なの脱いじゃいます!」
そう叫んで、深雪は手を後ろに回して文庫に結んだ帯の端をぐいっと引っ張った。
「「「え!?」」」
「暑いし、苦しいし、もう脱ぐ〜。誰か手伝って下さい」
はたはたと帯が解けて行くのを三人は茫然と眺めていたが、真っ先に我に返ったのは慎太郎だった。
「いけないっス!姉さん脱いじゃ駄目!」
「なんでぇ?」
「そうじゃ、脱ぐならワシの前だけにせんか!」
「龍馬、そういう問題じゃないだろう・・・」
あくまで冷静な以蔵とは反対に、武市は普段の落ち着きを完全に失っていた。
茫然としたまま深雪の前で立ち尽くしているが、視線はぴたりと彼女に止めたまま。
深雪は帯を乱暴に抜き取り、後ろに放り投げた。
「ふふふ、きもちいい〜。やっと楽になった」
まだ帯を取っただけなのに、なぜか見てはいけないような気がして三人は無言で目を逸らす。