幕恋hours short
□ほろ酔い悪酔い・龍馬編
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かすかな物音に気づいたのは、もうすっかり夜も更けた頃だった。
「帰ってきた・・・?」
わたしはそっと起き上がって、丹前を羽織ると寝床を抜け出した。
素足で歩く廊下は冷たくて、思わず爪先立ってしまう。みしりと軋む音を気にしながら、急いで裏口へと向かった。
龍馬さんが夕刻、会合に出かける前にわたしを呼んだ。
「今日は遅くなるきに、先に寝ちょってええよ」
「・・・・・」
この時間から出かけるのは遊郭に決まっている。わたしは穏やかではない気分で、恨めしそうな顔をして龍馬さんを見上げた。
「もしかしたら、泊まる事になるかもしれん」
「・・・・・・」
涙が出そうで、じわっと目が熱くなる。こんな事で泣くなんて、重たい女だと思われそうだから厭なんだけど、いくらそう言った遊びが公認されている時代とはいえ、好きな人が朝帰りするのに、はいそうですかとはとても言えない。
俯いたわたしを、龍馬さんが困り顔で見ているのが気配でわかる。頭を掻いてしばし思案して、いきなり頭にぽんと手が置かれる。
「わかった!ちっくと遅うなるかもしれんが、必ず帰ってくるきに」
「・・・ほんと?」
「しかし、無理をしたらいかん。眠かったら寝ちょっても構わんぞ」
大丈夫、と涙交じりの笑顔で言う。そう言ってくれただけで本当に嬉しくて、わたしはやっと、いってらっしゃいが素直に言えた。
それなのに。
「・・・お酒くさい」
「酒を飲んできたからのう」
にやっと笑った龍馬さんは壁に手をつくと、わたしを見下ろし、頬をすり寄せてきた。
「いや」
胸の中でもやもやしていた気持ちが抑えられなくなりそうで、顔を近づけようとした龍馬さんの胸を押し返してしまった。
「・・・どうしたんじゃ、何を怒っっちょる?約束どおりちゃあんと帰ってきたがじゃ」
不思議そうに龍馬さんが顔を覗き込む。わたしは自分でも訳がわからないまま、不貞腐れたように顔を背ける。
「嫌い・・・その匂い」
「はぁ?」
もやもやの原因は、龍馬さんの身体からかすかに匂うおしろいの香り。きれいに着飾った女の人の纏うそれは、今のわたしの気持ちを容赦なく痛めつける。
意趣返しのようにわたしは龍馬さんの身体を全身で突き放し拒絶した、そのとき。