幕恋hours short

□だれもいない
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夕方、いつものように寺田屋の前を掃き清めていたら龍馬さんが帰ってきた。

「深雪!掃除か、精がでるのう」

「あ、龍馬さんおかえりなさい!」

にっこり笑う龍馬さんの顔に、わたしまでつい嬉しくなってにこにこしてしまう。ほんとに龍馬さんって不思議なひとだ。

「お、そうじゃ。今日は皆用事ができたそうでの、夕餉はワシと深雪の二人だけじゃ」

「え?そうなんですか・・・?じゃあちょっと寂しいですね」

「ワシだけじゃつまらんかのう」

そう言ってがっかり肩を落す龍馬さんに、慌てて言い直す。

「あ、違うんです!そう言う意味じゃなくって、わたしじゃ龍馬さんのお話し相手が務まらないんじゃないかって・・・」

「そ、そんなことはないき!!ワシはおんしと一緒なら退屈することなんて絶対ないんじゃ!」

突然大きな声で言われて、わたしはぽかんと龍馬さんを見上げてしまった。龍馬さんもはっとしたように我に返って、見る見る赤くなる。

「・・・ふふっ」

「・・はははっ」

なんだか照れくさくて、ふたりしてつい笑ってしまう。

「さ、もう掃除も終いじゃろ。中に入るか」
「はい」



夕餉の席は、龍馬さんの言っていた通りふたりきりだった。改めて向かい合わせに膳を置くと、わたしは妙に気恥ずかしくなってしまった。


「どうしたがじゃ」

「・・・・なんか、差し向かいって・・・恥ずかしいですね」

口ごもりながら言うと、龍馬さんはにこっと笑った。

「じゃあ、こっちに来るか」
「え?」

龍馬さんはわたしのお膳をさっと持ちあげて、自分の隣に置いてしまった。しかし、これはこれでやっぱり恥ずかしいよなぁ、とわたしは困ってしまって、龍馬さんの顔を黙って見る。



「これも駄目か。じゃあ、これはどうかの」

不意に龍馬さんは立ち上がり、
あっと思う間もなく、わたしはひょいと抱き上げられて、龍馬さんの膝に納まっていた。

右の膝に腰掛けるようにして、横から龍馬さんを見上げると、にししと悪戯っぽく破顔した。

「これじゃ右手が使えんき、食べさせてくれんか」

「え!?わたしがですか?」

「ほうじゃ。いっぺんやって貰いたかったんじゃ、あーん、てヤツをの」

「ええええ!!」


・・・・確か、龍馬さんて、歴史に残るような偉業を成し遂げたひと・・・・なんだよね?混乱する時代の舵取りみたいな・・・なんかすごい事を・・・。



でも、目を瞑って口を開けている龍馬さんを見ていたら、なんだか可愛く思えてきてしまった。
しょうがないなあ、と呟いて、わたしはお箸で薄味の煮物をつまみあげた。

「・・・・・は、い」

そおっと龍馬さんの口に煮物を挟んだ箸を近づける。

そのときは、灯火の灯に揺れる障子の影にわたしは全然気付かなかった。




『ばか、押すなよ』

『以蔵くんこそ乗り出しすぎ!』

『やはりな・・・私の思った通りだ』

『さすが先生です、龍馬の思惑などお見通しですね』

『っていうか、大体予想つきますよ、これ・・・』

『問題は、いつただいまを言うかだ』

『おれ、腹減ったっス』

『武士が情けない事を言うな!』

『いて!以蔵くんだって、さっきからお腹ぐうぐう鳴ってるじゃないか』

『しっ!待て!』







「・・・・あ!」

つるんと箸の先の里芋が滑った。

口に入りかけていたそれを、龍馬さんは慌てて追いかけるように顔を寄せてきた。







え?



え?


え!?


目を閉じたまま追いかけてきた龍馬さんの唇がっ!!

わたしのと・・・・・。













「龍馬っ!!」



すぱーんと障子が開いて、飛び込んできたのは武市さんだった。


「た、武市さん!?」

「調子に乗って深雪さんになんてことをするんだ!斬る!」

「武市!?おまん今日は戻らんちゅうて・・・」

「ふっ。こんな事もあろうかと用事は早々に済ませて戻ったんだ」

「おかげですごい大変だったっス!!」

「先生、刀の穢れになります、ここは俺が・・・」


ぱちりと以蔵が鯉口を切る。



「ま、待て!おんしらなんか勘違いしちゅうがよ」

「問答無用!!」



以蔵、武市さん、慎ちゃんの三人は逃げる龍馬さんを追いかけて、すごい早さで部屋を出て行ってしまった。


「もう・・・・知らない・・・!」



残されたわたしは、初めての口付けに、複雑な心境でそっと自分の唇に、触れた。



*end*












 

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