幕恋hours short
□夕涼み
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「あっつう・・・」
私は額に浮かんだ汗を指で払うと、照りつける西日に目を細めた。
寺田屋の前に打ち水をするのが最近の日課だけど、舗装されていない埃っぽい道は、水を撒いてもぽくぽくと砂埃がはじかれるだけ。
沢山撒きたいけど、井戸から汲んでくるのは結構大変なので、2,3回が限度だ。
気休めに桶の水に肘まで腕を漬けてみる。
「あ・・・ちょっと涼しいかも」
今度は両腕を漬けて、ぱしゃぱしゃと水を跳ね上げる。
「深雪・・・何をしゆうがじゃ?」
可笑しそうな声が後ろからかかる。
「龍馬さん!」
ぱしゃん、と水を散らせて立ち上がると、そこには穏やかな笑顔の龍馬さんが立っていた。
「暑いから、腕だけ水浴びしてたんです」
そう言って、ちょっとおどけて両腕を龍馬さんに突き出す。
「ほうか。気持ち良さそうじゃのう」
きらきらと雫の垂れる腕をにこにこして見ていた龍馬さんが、突然私の腕を掴んで引っ張った。
「えっ?」
引き寄せられた両手は龍馬さんの頬にあてられていた。びっくりしておろおろ見上げる私に、龍馬さんはいたずらっぽく笑う。
「ええ気持ちじゃ」
「龍馬さん、ぬ、濡れちゃう・・・」
「構わん」
腕をとられているから当然至近距離で、顔から火を吹きそうなくらい恥ずかしい。
相変わらず龍馬さんはにこにこして、離してくれない。
「あーっ!龍馬さん!こんなところで何してるんスか!?」
そのとき、寺田屋の奥から慎ちゃんの声がした。慌てて草履をつっかけて私たちの傍によると、龍馬さんの手から私の腕を引き剥がした。
「いきなりなんじゃ、慎太。深雪が驚いちょるじゃろ」
「まったく、武士ともあろうものが天下の往来で女子の手を握るとは何事ですか!」
慎ちゃんは龍馬さんを睨んでぷんすか怒っている。
また私、迷惑な事しちゃったのかな。
龍馬さんが怒られてしまったので、身が縮む思いで慎ちゃんを見る。
「ほれ見い、深雪が怖がっちょる」
そんな私を見た龍馬さんは、おどけたように慎ちゃんのお小言に口を挟んだ。
「え?」
振り返った慎ちゃんの視線に、つい俯いてしまった。
「ち、違うっス!姉さんを怒ってるわけじゃなくて・・・!」
「早い話、焼き餅ってことじゃ」
「あーもう、龍馬さん!」
龍馬さんはけらけら笑いながら慎ちゃんを構っている。