幕恋男子部

□人斬りの恋
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あの男がやってきたのは、まだ京に桜も咲き揃わない頃だった。
故郷にはない身を切る寒さに驚きを隠さず、田舎侍丸出しの国言葉で訥々と挨拶を述べる姿に、正直こんな男に護衛とはいえ四六時中傍にいられると思うとうんざりしたものだ。





「西郷は、元気か」



口上を遮るように訊くと、自分の旧い友人にに心酔しているこの男は一遍に笑顔を見せて頷いた。



「もちろんでごあす。大久保さぁに、くれぐれもよろしくとおっしゃっておいもした」


国にいる西郷が、近頃京は物騒だということと、傍に置いておけばきっと役に立つ、と言う伝言とともに寄越した男が、この目の前に座る中村半次郎だった。

薩摩では、貧しくて道場にも通えずやっと剣術を身に付けたと聞いた。しかし城下で名を馳せる剣士ですら歯が立たないという腕前を西郷に見込まれて大抜擢されたという話だ。なるほど馬鹿ではなさそうだし、ほどほどの善人のようだ。


「これからは、おいが大久保さぁの身をお守り致しますゆえ、ご安心を」


「ふん。都には倒幕、攘夷を叫ぶ愚昧な輩がごろごろしている。出世したければせいぜい私を死なせないようにするんだな」







それから、半次郎は影のよう私に付き添い、私の気づかぬうちに面倒事をいくつも始末していった。また人柄も良く、誰にでも分け隔てなく接するせいか、藩邸でもこの男を慕うものが少なくないという話が耳に入ってくるようになった。


そうやって、身内の評価が高まるほど、奴のもう一つの呼び名が高名になるのは、不思議と一致していた。







もう一つの呼び名。







それは、『人斬り』の称号。



薩摩から出てきた芋侍は、もはやそんな泥臭い呼び名を脱ぎ捨ててしまったかのようだった。


薩摩示現流の剣技は非常に荒い。受け手は無く、袈裟、逆袈裟をひたすら打って打って、休むことなく打ち込む剣術だ。示現流に敗れた者の死骸は見るに堪えないと洛中で噂が立つほど、激しい。

あの新撰組の近藤が、『示現流の初太刀は決して受けるな』と隊士に忠告したと聞く。阿呆かと思っていたがなかなか賢明な指示だ。

護衛としてこれ以上の人材はないが、私の胸のうちでは、屈託の無い半次郎の笑顔と、人斬りの名がなにかしっくりと来ない。








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