幕恋男子部

□黄泉送り
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多分、私は自分自身の心を殺して生きることをもともと望んではいなかったのだろう。




松陰先生の教えは、私のような俗物には荷が重すぎる。それは、晋作のような男にこそふさわしい道だ。
それでも。黒く渦巻くような邪心を抱きながら、俺は素知らぬ顔で今日も晋作に向かう。






「最近、無理をしすぎたんだろう…顔色が悪い。しばらくおとなしくした方がいいな」


「馬鹿言うな、俺は見ての通りぴんぴんしているぞ!」


にっと笑って晋作は言うが、最近喀血が多くなっている。確実に病はこの身体を蝕んでいる。
ここのところ政局がめまぐるしく変わり、無理をして長州に帰ったりしていたせいだろう。最近の晋作は食欲も目に見えて落ちていた。

せいぜい残さず食べるのは私の作った朝餉ぐらいか。酒宴では杯を持つ恰好だけで、実際はなにも口にしない。

「大丈夫だ。オレはまだ死ぬわけにいかないだろう?あいつだって未来に帰してやらなければならんし…同盟が成ったとはいえ気を抜けない局面だしな」


「………」


きっと、私は普段は見せない苛立ちを顔に出してしまったのかもしれない。晋作の顔が僅かに曇る。そして非難するように見つめた。



そんな目で見るな、と大声を出したい衝動をなんとか抑えたが、相反して苛立ちはまますます募る。

本当はお前をどこにも行かせずに、どこかに閉じ込め何にも心を騒がす事のない場所で、静かに逝かせてやりたいのに。

いつもなら、そうかと引き下がるところだが、今日の私はやはり少し苛立っている。


「ぴんぴんしてるだと…?ふざけるな。お前は病人だ。見ろ、この腕を…こんなやせ細った腕で剣が持てるのか?奇兵隊を指揮などできると思っているのか?」

俺は、晋作の腕を掴んで顔を寄せた。晋作は意外な反応に一瞬目を瞠ったが、悔しそうに顔を歪め、唇を噛んだ。
誰にも見せない、拗ねた子供のような顔。 

幼い頃を思い起こさせるその表情に我知らず笑みが浮かぶ。



「心配するな。今すぐには逝かせはしない。俺の言う事をちゃんと聞いて養生すれば、いましばらく永らえさせてやる…俺の許可なしにすんなり逝けると思うなよ」


耳元にそう囁くと、晋作ははっとしたようにこちらに向き直り正面から俺を見た。この恐ろしい程察しのいい男は、きっとこれだけですべてを理解したのだろう。


「オレの命もお前の胸先三寸ってワケか。面白い…お前も医者の倅の端くれなら意地でもオレを死なすなよ」


晋作はにやりと笑って、居直るようにそう言った。

出来ない事とわかっていても、晋作の言葉を一縷のよすがに頷く。その言葉がたとえどれほど欺瞞に満ちていたとしても構わない。



どんな姿になっても、この男が現世(うつつよ)から消えることを俺は許さない。



まるで物狂いのようだと自分を嗤いながら、この幸せに感謝する。






*end*

2012.15.18








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