幕恋男子部
□夜半の嵐【続】
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長州の二人は不審に思っただろうか。
薩摩藩邸に戻った大久保は、まだ賑やかな宴席を早々に辞してしまった事を少なからず後悔していた。
しかし、あのような出来事の後にはとても酒を呑んで楽しむ気分にはなれず、体調不良を理由に帰ってきてしまった。
そして、その行動の理由が感情的な事柄であることが余計に大久保を苛立たせた。
(私としたことが…まだ修練が足りんな)
半次郎が突然帰ると言い出した大久保に別段異も唱えず、黙って帰路の準備を始めたのも気にかかる。
あの場を見ただけではまさか感づいてはいまいと思うが、おっとりしているように見えて半次郎はなかなか洞察力に優れている。
(…馬鹿馬鹿しい。なぜ私が気を使わねばならんのだ)
「大久保さぁ、もうお休みになりもすか」
振り返ると、半次郎が気遣わしげに立っている。自分の迷いとは裏腹に、ただ大久保を心配するその姿に、つい八つ当たりのような腹立ちを覚えた。
それは、半次郎に対して負い目を感じていることを露呈しているようで、尚の事心をざわめかせる。
「…お前は、なにを考えているんだ」
「は?」
突然の問いに半次郎は目をまるくした。が、すぐに大久保の言わんとすることを察したのか、無言で首を振った。
「言いたい事は無いのか」
「おいは、なんも…」
困ったように大久保を見返す半次郎の眼が、大久保には憐憫の色を浮かべているように見えた。
「お前は…笑っているのか?あのように坂本にいいようにされていた私を」
言わなくてもいい事なのは百も承知だった。
「…女子のように押さえつけられて…無様な姿を晒して、可笑しくない筈がなかろう」
苦笑しながら大久保は再び問う。
しかし半次郎は尚も黙ったまま身じろぎもしない。
「あれだけではない。あまつさえ、私は坂本に…」
「もう、よか」
先日の過ちを口にしようとした大久保を、半次郎はいつになく荒い口調で遮った。
「大久保さぁは、おいに何を言わせたいのでごわしょうか」
半次郎の言いたい事はよくわかる。まるで半次郎にわざと揉め事の引き金を引かせようとしているようだ。
「さあな。私にもわからん」
静まり返った部屋の中で、自嘲するように答える大久保の声だけが響いた。