幕恋hours long

□大さまとわたし・10
1ページ/6ページ


藩邸に戻ると、わたしはすぐに小松さまを捜した。いつも忙しい人だから捕まるかわからなかったけど、今日は運よく藩邸で執務に就いていた。

普段だったら仕事中は遠慮するところだけど、無理を言って取り次いでもらう。
膨れっ面で正面に座ったわたしを、小松さまは穏やかな目で見た。


「黙っていたのは悪いと思うが、もしも今の大久保さんの状況を話したら、深雪さんはきっと何らかの行動を起こすだろう」

「それは…」


図星だった。だって、今まさにわたしは小松さまから大久保さんの居所を聞き出してそこに行こうと思っているんだもの。


「大久保さんを助けようとか、守ろうと考えるのは今の君の立場から言えば自然なことだが、私から見れば拙速で浅はかな事だ。あなたが今身を寄せているのは大久保さん個人の許ではない、薩摩藩だと言う事をどうか忘れないで欲しい」


ぐうの音も出ない。小松さまは表情はいつも通り温和だけど、目は真剣だった。わたしが動く事で薩摩藩が不利益を蒙ることは絶対に許さないという目だった。

「でも…大久保さんは自分のことにはあんまり構わない人だから、心配なんです。どうか居場所だけでも」

「彼だって、まだまだ自分に仕事が残っていることは誰より判っているよ。だからこそ護衛もつけているし警備も厳しくしている」


そんなんじゃない。

わたしが感じている危機感は、大久保さんの責任感なんかじゃなく、無私というか…危険が迫ったとしてもそれが運命だと認識したらあっさりとあがくことを放棄してしまいそうなところだ。


何時でも、自分の仕事には絶対の自信を持っている人だけど、自分がそれを為せないと悟ったときにはきっと、潔く席を立ってしまいそうな。


「深雪さんにそんな顔をさせるのは本意ではないが、いましばらく待ってほしい。必ず大久保さんは戻ってくるから」



小松さまのお部屋を辞したわたしは、とぼとぼと長い廊下を歩き出した。小松さまが教えてくれないなら絶望的だ。半次郎さんもそれだけは…と口を濁したし、彼の立場を考えれば無理強いはできない。

そういえば、さっきは興奮してついきつい口調で彼の事を詰ってしまった。
半次郎さんだって、好きで黙っていたわけじゃ無い。それなのに…。


(謝らなきゃ)


夕日に薄暗く染まった廊下を、わたしは半次郎さんの部屋へと踵を返した。








次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ