幕恋hours long

□大さまとわたし・9
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大久保さんとの事があってから数日、わたしは小松さまのお部屋に行く為、薄暮に染まる廊下を歩いていた。

小松さまの部屋には何度か行っているから、今日もお出かけのお土産とか、綺麗な小物をみつけたよ、とかそういう他愛のない理由で呼ばれたものだと思っていた。







「大久保さんが?」




「ええ、藩の用向きで当分こちらには帰れなくなってしまったんだよ。急なことだったので深雪さんにはちゃんと説明する暇がなくてね」


向かい合った途端に小松さまが切り出したのは、大久保さんの暫くの不在のしらせだった。

つい、あからさまにがっかりした顔をしてしまったのを目ざとく見つけられ、小松さまがやさしく微笑んでくれた。


「その間、半次郎が深雪さんの世話をするから、何でも頼むといい」

「え!?半次郎さんが?」

びっくりして小松さまの顔を見る。だって、半次郎さんは大久保さんの護衛だもの。
すると、わたしの言いたい事を察した小松さまはちょっと声を低くして言った。


「今回は、別の屋敷にいる田中と言う者が彼を守るから、心配は要らないよ。半次郎に引けを取らない手練れだ」

そう言われても、やっぱり心配だ。だって、あの難しい性格の大久保さんを半次郎さん以外の人が上手くあしらえるとは思えないもの。

「大丈夫でしょうか、いろいろ…」

「ま、そこはそれ。さて、深雪さん美味しいお菓子があるんだが、一緒にどうだい?」

小松さまは手文庫から小さな包みを取り出した。
「あ、金平糖…」

「ふふ、正解。さ、手を出してご覧」

言われるままに掌を差し出すと、小松さまはぱらぱらと綺麗な粒を落としてくれた。

口に入れて、ころころと転がしていると小松さまはにっこりとほほ笑んでわたしを見ている。だけど、なんとなくその顔が憂いを含んでいるように見えた。


「あの、わたしが口出すようなことではないと思うんですが、大久保さんに何かあったとか、そういうことじゃないですよね?」

思わずそう訊いてしまった。すると、小松さまは一瞬その穏やかな双眸を眇めて、そしてすぐにいつもの表情に戻した。


「君は、ただ変わらずいてくれればそれでいい。それが大久保さんの望むことだから」


そう言って、小松さまは金平糖が入った片頬をつんと突っつく。
つまり、余計な心配などしないでおとなしく待っていなさい、ってことなんだろう。

なんとなく引っかかるものを感じながらも、その有無を言わせない上品な返答にわたしは口を閉じて頷くしかなかった。





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