幕恋hours long
□大さまとわたし・8
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薩摩藩邸の早朝。
深雪は、布団の中で事態の収拾を図るために必死で持てる知識を総動員していた。
(ええと…昨晩大久保さんが、っていうか大久保さんと……あんなことになっちゃって…)
身体を起そうにも、大久保の手が腰に回され、身じろぎでもしたら起こしてしまいそうなので動くに動けず、深雪は困り果てていた。
しかしこのままでいては誰かに見つかる恐れも出てくる。
(ど、どうしよう…)
そうっと、腰にかかる腕を除けようと手を添えてみても、意外に強い力で抱きしめられていて、それとなくどかすことは難しい。
(あーん、困っちゃったなあ。いっそ起こしちゃったほうがいいのかな?)
しかし、昨晩の事を思い返すと恥ずかしいやら照れくさいやらで、ここはできれば大久保に気づかれないまま自室に戻りたいところだ。
「ふ……くくっ」
不意に小さな笑い声が耳に届いた。
驚いて顔を上げると、眠っていたはずの大久保が薄眼を開けてみている。
「ああっ!大久保さん起きてたんですか!?」
「お前の百面相が可笑しくてな。朝から随分と楽しませて貰った」
「きゃあ!」
そのままぐっと腰を引き寄せられ、深雪は間近に迫った大久保の顔に、自分の頬が火照るのを感じた。
「もう、ひどいです!」
照れ隠しにわざと怒ってみせると、大久保は尚もおかしそうに口角を上げた。
「まあ、元気でなによりだ。ときに小娘」
「え?」
「身体は、辛くないか」
少し眉を顰め、大久保は囁くように深雪に尋ねた。その声はいつもの大久保のそれなのに、なぜかくすぐったく甘く響く。
「………あの、えと、だ…だいじょうぶ…です」
確かに半身に残る違和感はあったが、それは辛いと言うよりも、もう戻れない道に踏み込んでしまったような幸福な喪失感のような感覚だった。
そして、深雪は大久保の顔を見ながら自分が昨晩彼によって何を失くし、何を得たのかをぼんやりと認識した。