幕恋hours long

□大さまとわたし・7
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廊下を歩いてくる音が聞こえないかと、わたしはずっと耳を澄ませている。


ひじかたさんが部屋を出てからずっと、襖の前で待っている。もちろん外には見張りの隊士さんがいるので出られないけど、少しでも早く大久保さんの無事を確かめたかった。


ほんとは、どうしてこんなとこに来たのかと怒鳴りたい気分だったけど、同時に泣きたいくらい大久保さんが心配で、強く握りしめた手がじんじんした。


「大久保さん…」


たまらずそう呟いたとき、向こうの方から力強い足音が聞こえた。
しっかりした足取りは、きっとひじかたさん。わたしは固唾をのんで襖を見つめた。



「おい、着物を着ろ」



がらりと開いた襖から、思いっきり不機嫌そうなひじかたさんの顔がのぞいた。びっくりして咄嗟に返事ができないでいると、ばさっとわたしの着物が投げて寄越された。


「あ、の…」


「もう、お前に用はねえ。あの男と、とっとと帰るんだな」

「え?」


ひじかたさんは、じろりとわたしを見て舌打ちすると、しゃがんでわたしの顔を覗き込んだ。そんな近くで人に見られたことがないから、変に顔が熱くなってしまう。


「……まあ、悪くはねえけどな」

そう言って、ひじかたさんはわたしの頬を大きな掌で包むと少し笑い、耳元に唇を寄せた。

「今日のところは大久保の顔に免じて帰してやる。だけどな、またうろちょろしてたら…今度こそ攫うぞ」


ものすごく色っぽい顔でそう囁かれて、思わずがばっと身体を離す。もう、どこまで冗談だか本気だかわかんないよ!

着物を抱えてうろたえるわたしを、くつくつ笑いながら眺めて、ひじかたさんは部屋を出て行った。
残されたわたしは、急いで着物を着て帯を締め、そうっと襖を開けた。


「着替えたか?」


「ひゃっ!」

後ろを振り向くと、例の男の子がわたしを見降ろしている。その顔はなぜか少し、複雑な色を浮かべていた。


「あんたのおかげで、俺もここには居られなくなった。今夜中には藩邸に帰ると大久保様に伝えてくれ」



「!!」


それだけ言うと、それきり口を噤んだ彼はわたしを促して暗い廊下を歩き出した。







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