幕恋hours long
□大さまとわたし・5
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「しかしお前、度胸が据わってるなぁ、普通の女だったら泣き叫んで口割ってるぜ」
両手首を紐で戒められて、廊下を歩くわたしにその男の人は言った。
「・・・・・・」
さっきまでわたしのことを押さえつけていた男たちの一人かと思うと、返事をすることすら躊躇われて、わたしは彼をじっと見上げた。
その視線に気づいたのか、彼はちょっと咳払いをして声を落とした。
「さっきのは脅しだ。この屯所で女を輪姦すなんてことはしねえよ。そのへん結構厳しいんだぜ、ここは」
え、と思わず後ろを歩く彼を振り返る。
「土方さんは、お前がきっと生娘だろうから脅かせば喋るだろうと思ってたんだろうな。いくら俺らが悪評高いとはいえ、これでも幕臣だぜ」
「・・・・・・」
だけど、わたしは結局脱がされた着物を返してもらえなかった。この時代なら結構恥ずかしい襦袢姿で連れて行かれてるのに、説得力ない。
それを視線で感じたのか、彼は言葉をつづけた。
「ああ、悪いけどここにいる間はその恰好でいてもらう。まさかそのナリで逃げるわけにはいかないだろ?」
そう言いながら彼はちらっとわたしを見た。少し顔が赤い。もしかしたらいい人なのかもしれないけど、やっぱり怖い。
「あのさぁ、お前大久保の女って、本当なのか?」
「え・・・・」
「大久保サンってさ、凄い気難しいって聞いてたからさ。しかも藩邸に女囲うなんてありえないだろ?何か理由でもあるのかと思って」
そうなんだ。
わたしは彼の言葉に、わたしと大久保さんの関係をふと思い返してみた。
寺田屋は危険だから、安全な薩摩藩邸に行ったほうがいい、というのは寺田屋のみんなも同意してくれた事だ。だからわたしも渋々お世話になることに決めた。
だけど、初めは本当に嫌だった。
やることなすこと文句を言われ、遠慮なくずけずけと欠点をあげつらわれるのは、とてもつらいし、そんな人に出会ったことが無かったわたしはどうしていいのかわからなかった。
だけど、少しずつ大久保さんの言うことに耳を傾けるゆとりが出てくると、大久保さんの厳しい言葉の裏に隠されたものが、ひとつひとつ身に染むようにわたしになじんでいくのがわかった。
始めは我慢できなくなるたびに半次郎さんに泣きついていたわたしも、だんだん大久保さんとちゃんと話せるようになった。
そうしたらいつの間にか、私がいた場所から遠く離れたこの時代でいつも感じていた疎外感が薄くなっていて、気づいたら自分の足で立っていることに気づいた。
「わたしは・・・大久保様とはそんな関係じゃないよ。たまたま薩摩藩邸で下働きしてただけ」
まっすぐ前を向いたまま、そう言った。
勝手な事をして、もしかしたら大久保さんを窮地に陥れてしまうかもしれない状況で、わたしが大久保さんを護れるとしたら、多分こう言うしかない。
わたしが大久保さんに何か報いることができるのなら、わたしの取るべき道は決まっている。