幕恋hours short

□壬生の狗
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「ほらよ、これで帰るまではもつだろう」

土方が綺麗に直してくれた草履を深雪が両手で受け取ると、馬鹿に丁寧だな、と土方は苦笑した。多分、この娘は自分の噂を聞いて、内心では怖いと思っているんだろうと考えた。
いつもなら誰になんと思われようと気にも留めない土方が、今日ばかりはなぜか胸に引っかかるものを感じていた。


「・・・頼むから、怖がるな」

ぽつりと、呟く。


足袋のきしむ音をさせて草履を履いていた深雪はその言葉に思わず手を止めた。

「ほんとにわたし、怖くないです」

まっすぐ見上げて、そう告げると土方は少し眩しそうな表情をした。

「・・・俺達は今でこそ幕臣扱いだが、俺や局長はもともと侍だったわけじゃねえ。しかしこんな時勢だからこそ新撰組が必要だし、俺達もその意義は充分理解しているつもりだ。だから、斬る」


「・・・・・・」


「裏を返せば、俺だって明日にはどうなってるかわかりゃしねえ。これだけ悪名高い新撰組だ。恨んでる奴はごまんといる」

「そんな・・・」


深雪は慌ててかぶりを振る。かすかに潤んだ瞳を見て、土方は胸の片隅がほのかに温かくなるのを感じた。


「・・・・もし俺がくたばったら、お前ぐらいは悲しんでくれるかもしれねえな」

そう言って土方は、くしゃりと眼下の艶やかな髪を乱した。深雪はその掌に戸惑いながら、土方の不吉な言葉を打ち消すように続ける。

「わたしだけじゃないです。沖田さんや、新撰組の方達だって、みんな悲しむと思います。だから・・・だからそんなこと言わないで下さい」


深雪にとって、今大事に思っている人々の顔が頭に浮かぶ。その対極にいる土方にも、仲間がいて、万一の時には嘆く人々がいる。
そんな根本的な大切なことは一緒なのに、どうして傷つけあい、殺しあうのか。

不覚にも、涙が零れた。

その雫を、土方の大きな手が伸びて節の高い親指がぬぐった。


「なんで泣く?」

「・・・・わかんないです」

怒ったように答える深雪の瞳が濡れて、ひどく綺麗だ、と土方は思った。


「でも、わたしは誰にも死んで欲しくない。わたしのまわりの親しい人にも、もちろん土方さんにも」

そう言うと、深雪はすっと立ち上がった。

「助けて頂いて、ありがとうございました。ここからはもう、一人で帰れます」


「・・・・そうか」


土方は、それ以上何も言わなかった。深雪はぺこりとお辞儀をすると、手の甲で涙をふいて歩き出した。その後姿をじっと見つめて、土方も反対の方向へゆっくりと、歩き出す。



「ったく、調子が狂うぜ」



珍妙な服を着て、頓珍漢な話をしていた小娘が、一丁前のことを言いやがるようになった。
さっき感じた温もりをもう一度確かめるように、土方は深雪の涙に触れた指をぎゅっと握り締めた。





*end*



2010.10.1

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